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マルセル・デシャンについて教えて

1 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/04(水) 20:07
前に1度見て興味があるので誰か教えて。

2 :John Cage:2001/07/04(水) 21:43
マルセル・デシャンについてなのも語りたくない。

チェスがうまいらしい。

3 :名無しの笛の踊り:2001/07/04(水) 23:01
Marcel Duchamps = 普通に表記すれば、
マルセル・デュシャン。

4 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/04(水) 23:38
1 = 2 = おバカ。

5 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/05(木) 00:05
>>4
1 = 2 = チンパン・レベル = みっとも・おバカ。

先輩どうでしょうか?

6 :2だ:2001/07/05(木) 00:17
 1をコピーしたから間違えたと言い訳をしてみる。

ヂュシャン  デュシャン

7 :名無しの笛の踊り:2001/07/05(木) 01:27
>>6
「なのも」は、どう言い訳する?

8 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/05(木) 01:31
>>7
激しく藁た

9 :p:2001/07/05(木) 09:54
ディディエ・デシャンはサッカー選手。
元フランス代表のキャプテンです

10 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/06(金) 17:17
>>5
うん、君はなかなかスジがいい。 その調子で日々精進したまえ。

>>1 + 2
やっちまったネーー。 

どこでデュシャンを聞きかじったか知らないけど、東北地方の年寄りから聞いたの?
君達“欲ボケ販社”には元々縁のないアーティストだよ。 ついでに J. Cage まで
出して、元々持っていない見識を披露しそこなちゃって・・・・・・ この始末!!

まるで、「ヨーイ・ドンのスタート直後に、ケッ躓いて頭打って、ついでにオナラが
プーーーーゥ(尾っぽ付きオナラ)」みたいじゃない。

ぼくはこれを “チンパン君のデシャン事件” と命名しました。

>>6
ハジの上塗りでした!!

11 :/0:2001/07/06(金) 23:31
デシャンはヌーヴォー・レアリストの一人ですが

12 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/07(土) 00:09
>>11
はあーーー!

13 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/07(土) 01:48
>>11
ネタだよね?
本気で書いたわけじゃないよね?
もし本当にそう記憶してるなら、今すぐ便器に流されろ。

14 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/07(土) 01:58

>>13

   もしかしたら面白い成り行きが期待できるゾ。 

          みんな、シいーーーーーーーーーーーーー。

15 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/07(土) 02:15
>>11
デュシャンはシュルレアリストだよ。

16 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/07(土) 22:51
デュシャンにイズムは関係ない

17 :its:2001/07/08(日) 03:03
>>15
デュシャンってキュビスムやダダイスム、シュルレアリスムと関わりは
持ってたけど、その運動(ダダ、シュール)には参加してないよ。どれも
距離をおいてた。というか、逆にダダ、シュールの方が影響受けてた面も
あるような気がする。その意味で孤高の芸術家であるし、>>16氏の意見
に同意です。

18 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 03:15
下等動物の皆様へ

あなたがたのコンビニ的知性とは一切無関係な話題に
関心を持つのは止めましょう
不毛です
どうせ「AはBである」ないし「AはBではない」のような、
最も低レベルかつのロジックしか
持ちあわせていないでしょうし、
低解像度の眼力しかないのに
他者よりも優位に立とうとする欲だけは発達していて、
実際には話題の内容に関する区別も出来ない
そのようなあなた方の思考にも生活にも、
マルセル・デュシャンはまったく役に立ちません
と、ここまで書いてみたけれど、
皆さんには何のことやらさっぱり判らない筈なので、
もう何も申しません
勝手にやってください

19 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 03:22
18について

最も低レベルかつのロジック→最も低レベルのロジック

1の方への答えとして

石に話すことを教えろ

20 :its:2001/07/08(日) 03:58
>>18-19
それって俺に対していってるんだね。
悪かったよこのスレの空気読まんで。
謝るからマッタリと続けてください。

21 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 17:40
>>11
G屍ard Deschampに引っかけた積もりが、マイナーすぎたな

22 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 21:03
出川しゃん・・・

23 :itsさまへ:2001/07/09(月) 00:17
18-19 です。
私の書き込みはあなた個人を対象にしたものではありません。
マルセル・デュシャンを芸術ないし美術の文脈においてのみ
捉えようとする姿勢を崩そうとしない傾向全体に対して
このBBSに相応しい下品な言い回しで不満の意を表明するものです。
よってits氏個人には誤解を与えたことをお詫び致します。

しかし定規というものは、
ある長さを計るために、
その長さの方向に対して、
直交する刻み目を施すものですが、
この刻み目を数えることと、
その長さとの間には、
実はいかなる関連性も存在しない。
定規とは安心のための装置に他ならない。
それにも関わらず、
我々はじつに多くの定規に取り囲まれており、
その茂みの中に安住している。
これは許し難いことです。

24 :18-19:2001/07/09(月) 01:08
ひとつの定規を振りかざして………

あることは常識に
別のことは神秘に
分類することの傲慢

おろかにも
単に習い覚えた中古の技術で
闇雲に造り出すことを
至上の使命と妄信する作家の皆様や

評価すること自体の意味を確かめもせず
劣悪な感想文をだらしなく吐き出し続けるか、
さもなくば外来語と熟語の並び順にばかり気を使う
有能な批評家の方々の厚顔無恥

こんな輩はどのように死んでも決して可哀想ではない。

25 :18-19:2001/07/09(月) 01:12
何故ならば………
彼等は生きる経験を持ち合わせていないから。
彼等は種々雑多な子宮から一歩も外に出ない。

26 :18-19:2001/07/09(月) 01:15
またさらに、
木の実もサナギも
小石に分類して
平然としているかのような
学芸員諸氏、
君たちは予め抜殻だ

27 :18-19:2001/07/09(月) 01:18
馬鹿な企画展にうつつを抜かしている間にも、
その肉汁は刻々と抜け落ちているということに、
何故気付かないのか?
君たちは犀よりも鈍感だ。

28 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 01:23
一体に、あなた達は
精々が「高尚な趣味」という
下劣な地点から一歩も脱することがない。

29 :18-19:2001/07/09(月) 01:33
君たちはマルセル・デュシャンを
20世紀美術史の文脈上に拘留して忘れ去り、
なおも安手の雰囲気主義に浸ろうとするのか。

その愚劣さに比べたら、
デュシャンをデシャンと書き損じることなど、
全く問題ではない。

30 :18-19:2001/07/09(月) 01:37
それをいうに事欠いて
なにが“チンパン君のデシャン事件”か!
恥を知れ。

31 :18-19:2001/07/09(月) 01:45
見ず知らずの人が表記を間違えたことが
そんなに嬉しいか?
そんなことでいい気になっている
お前の底の浅さが知れる

そういう態度で生きている奴には虫酸が走る 許せない
そういうのを下等動物というのだ
覚えておけ

32 :18-19:2001/07/09(月) 01:50
さて、ここまで書いたら私の気も晴れました。
皆さん、今までの調子で楽しく続けて下さい。
もう邪魔は致しません。
これにて失礼致します。

33 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 01:50

       ∧_∧      / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      ( ●Д●  < 先生!見えません!
      /.|   |\    \___________
      / ∩  ∩ l
  __| |//  \ | __
  \   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   \
  ||\            \
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
  ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
     .||              ||

34 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 01:51
      ∧ ∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
〜′ ̄ ̄(´ー`)< オマエの気さえ晴れればいいのかよ・・・
 UU ̄ ̄ U U  \_____________

35 :∵∝:2001/07/09(月) 02:06
精液でかいた絵あるね。関係ないけど

36 :∵∝ :2001/07/09(月) 02:16
>>18-19
ってZEROさんだろ。もしかして。憶えてるよ。懐かしい

37 :太郎:2001/07/09(月) 02:55
>18-19
荒らしを呼び起こしたあなたも下等だよ。

デュシャンは現代美術をつまらなくした張本人かと。

38 :18-19:2001/07/09(月) 03:05
現代美術?ナンセンス

39 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 03:08
そんなカテゴリーを持ち出すことでしか
ものを考えられないとは………

40 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 03:09
動く屍体か?

41 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 03:18
どんなことでも、
面白ければ「それでよし」とするつもりなのか。

君のような人物は、なにかが面白く思えなければ
すぐさま「説明乞食」に早変わりする。

そして「芸術」のような、
それ自体ではいかなる意味内容も持たない概念を、
鼻先にぶらさげている。

好きな女と、その靴下との区別がついていない。

42 ::2001/07/09(月) 03:40
>マルセル・デュシャンを芸術ないし美術の文脈においてのみ
>捉えようとする姿勢を崩そうとしない傾向全体に対して
>このBBSに相応しい下品な言い回しで不満の意を表明するものです。

あなたはどういう文脈でとらえてんの?

43 :太郎:2001/07/09(月) 03:49
>18-19
あんた邪魔しないとか言ってちょっと煽られた位でこれかい。

デュシャンの話しをしませう。

44 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 05:02
太郎=cattと思われ。いってることが当たり前すぎてつまらないと専らの噂です
             (32歳 東大卒 主婦/欲求不満気味)

45 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 22:23
正確には、 「>>1」 と 「>>2」 は誰なの??

46 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 23:08
デュシャンというのは、芸術におけるアラシにすぎなかったということが、
証明されたようなスレですな。

47 ::2001/07/10(火) 01:07
うまいこというね。

48 :its:2001/07/10(火) 18:27
>>18-19さんへ
スレとは関係ありませんが、一応僕の直情的なカキコに対して名指しでレスを
してくれたことに対して釈明とお詫びを申し上げたい。
しかし、それによって結果的にあなたのデュシャンに対する意見が聞けたことは
嬉しいことであり、素直に喜びたいと思います。
あなたは「最も低レベルのロジック」を弄し「他者よりも優位に立とうとする欲だけ
は発達して」いると言っていますが、その通り、僕は貧弱な語彙によって自分の
半端な知識やくだらない印象を書き込む、非常に下劣な人間です。それをもって
他人をやり込めようとする嫌らしい魂胆が多少でもあることは否定しません。
しかし、それを承知した上で尚もカキコするのは、あなたのようなデュシャンに対
して清廉潔白な態度で接しようとする人がカキコし、レスを付けてくれることを期待
してのことであると言っておきたい。
掲示板について今さら見解をするのも恥ずかしいことですが、しょせん誰もが自由
にカキコ出来るこの場は個々人のマスターベーションを排泄する吹き溜まりにしか
過ぎない。もちろん僕もその例に漏れません。

49 :its:2001/07/10(火) 19:13
ところで、デュシャンだけでなくあらゆる芸術に対して>「AはBである」ないし
「AはBではない」<的な言葉でもって口を挟むのは上記のような理由だけで
はありません。
芸術に対して非論理的な言葉、すなわち詩的言語等によって接しようとするの
は実は、その芸術を神格化するだけであって、それ以上何の意味も持たない。
そのような言葉の羅列によって教祖様に祭り上げられることはデュシャン自身が
一番嫌っていたはずです。
だから評論家や学芸員、そして一鑑賞者の僕たちが>定規<に沿ってデュシャ
ンについて語り、議論することは僕はいたしかたないことだと思う。

シャルボニエとの対談の中でデュシャンは、「芸術作品はどのような瞬間に存在
するのか、だれが芸術作品を作るのか」という問いに対し、「生産する芸術家」と
「観客」の「二つの極」があると答え、その上で
「(一般的な)芸術家は、自分が何を作るのか、なぜつくるのか、いかにつくるのかを、
そして作品の内在的価値を完全に意識していると思いたいのです。そんなことを、
私はまったく信じません。タブローは芸術家に劣らず見る人によってつくられると
本心からそう思っています。」
と言っている。

作品の内実について何も語らず、見る人によって解釈を委ねる態度。これに対して、
デュシャンの諸作品に語りたいと思うのは当然のことではないでしょうか。そして、
僕たちに残されているのは、美術史的、哲学的述語をヨチヨチと用い、その作品の本
質に迫ろうとする術しかない。それが無駄だとは分かっていてもそうするしか方法が
ないのです。
デュシャンの作品を前にして興味を持つが、それに迫るにはあまりに無力な我々。
しかしそれでもあえてその努力を続けることしか我々には残されていないのではない
でしょうか。そしてそのことがまったく無意味だとは僕は思わないのです。
関係ない話でスイマセン。sage

50 :18-19:2001/07/11(水) 10:24
お礼とお詫びにかえて

それぞれに分離した個人が、
孤独に進める探求の過程において、
その場に開示された世界のすべてを、
すでに為された誰かの、
値打も定まらぬ不快な仕事が
語り尽くしているように思われる時、
それは断じて解釈と呼ばれるべきではないし、
芸術のような一種の靴下とも無縁かと思われます。
もちろん彼女は靴下を履いている。
しかし靴下は彼女ではない。

51 :18-19:2001/07/11(水) 10:30
芸術家がいかにその道の専門家であろうと、
心の底から芸術のために芸術を行う輩は、
やはり二流以下と言えるのではないでしょうか。

52 :its:2001/07/11(水) 23:20
>>50
たしかにその通りです。
18-19さんの意見を読んで、ちょっと上の文章を訂正します。

>だから評論家や学芸員、そして一鑑賞者の僕たちが>定規<に沿ってデュシャ
>ンについて語り、議論することは僕はいたしかたないことだと思う。



>だから評論家や学芸員の無知蒙昧ぶりは別として、一鑑賞者の僕たちが>定規<
>に沿ってデュシャンについて語り、議論することは僕はいたしかたないことだと思う。
>けれども、その>定規<を見直す努力も決して怠ってはならないでしょう。

に訂正します。
デュシャンの話題からまたまたそれますが、以前、シュルレアリスムの諸作品について
若桑みどりがイコノグラフィックな解釈をしているのを読んだことがあります。若桑氏も
冗談半分で引き受けたのでしょうが、それにしてもその厚顔無恥振りには、読む者の背
筋を凍らせるには十分なものがあった。内容も言わずもがな。
硬直した>定規<から抜け出せない研究者の悲しさを噛み締めながらその文章を読ん
だ記憶があります。

>>51
デュシャンが、後にレディメイドと呼ばれる技法を発見した際も、その根底にはオブジェの
美あるいは面白さへの純粋な感動があったのでしょう。そこにはダダ的な、あるいはデュ
シャン特有の諧謔精神が多少は作用していたのかもしれませんが、それはさておき、
デュシャンの手法のみを換骨奪胎し、作品に取り入れようとする現代作家の姿は哀れで
あるとしか言いようがありません。

ブルトンの「シュルレアリスム第一宣言」の中に「驚異は常に美しい。どのような驚異も
美しい。それどころか驚異のほかに美しいものはない」という一節がありますよね。
今日、この一節だけを読み、ブルトンの真意を無視してシュール的な作品を機械的に作ろう
とする行為がまったくばかげているのと同じです。

53 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 09:07

>>29->>32
>>10のカキコを良く読んでみて、品性下劣な相手を特定して言ってるみたいよ。

>>51
私も同感です。

54 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 10:48
↑おまえのことだよ。

55 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 17:58
>>54
つまりおまえのことだろ。

56 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 18:49
やだ

57 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 21:14
>>54
錯綜はやめましょうよ。 そろそろ焦点を合わせませんか?  “おまえのこと”
とは何番のレスを指していますか?

58 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/13(金) 20:21
>>52さん、たしかセザンヌ板にもカキコしていましたね。

>>50さんへのレス中で若桑氏の感想は“この私”でもセンスを感じました。
>>51さんへのレスが貴方のオリジナルならば、貴方はプロのライターで通用しますよ。
今は何をしています?

59 :寝ろ寝ろ:2001/07/13(金) 20:53


    ∧ ∧         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ̄ ̄( ゚Д゚) ̄ ̄|   <  ではまた明日な
|\⌒⌒⌒⌒⌒⌒\   \
|  \           \    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
\  |⌒⌒⌒⌒⌒⌒|
  \ |_______|

60 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/13(金) 20:54
悪性暴風雨の予感…

61 :**今日は何の日**:2001/07/13(金) 22:12
>>52
バレバレ。

62 :   ∝   ∝   ∵:2001/07/13(金) 22:43
女の靴下つて好きだけどな。

63 :18-19:2001/07/14(土) 03:04
鳥の子は最初に見た者を親と信じる

64 :its:2001/07/14(土) 19:01
>>58
どもです。今凄く暇ですよ。
>>61
???どういう意味???

ところで、自分で関係ないレス付けといてなんですが、デュシャンは
どこいったの?

65 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/15(日) 01:51
>>64
もったいない。

66 :18-19:2001/07/15(日) 16:31
>>64

マルセル・デュシャンは
1879年に生まれて1968年に死んだ、
フランス生まれの帰化アメリカ人です。
二度結婚して実子はなく、
二度目の妻ティニーが前夫との間にもうけた
姉弟の義父となりました。

デュシャンには二つの代表作があり、
その間に長い沈黙期が挟まれています。
第一の代表作は通称《大ガラス》、
第二の代表作は通称《遺作》と呼ばれています。

《大ガラス》以前の彼は画家でした。
そして《遺作》以後の彼は死者として世界に広く知られています。

彼の墓碑名によれば『然り乍ら死ぬのは他人ばかりなり』、
今日の世界は彼の死を知る人と、それを知るであろう人々に二分されます。
そして彼自身はその死を知りません。
彼は向う側にいきました。

67 :18-19:2001/07/15(日) 16:35
これでご満足いただけたでしょうか?

68 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/15(日) 19:56
>>67
ご満足でよかったよかった、きょうはグッスリ眠りなさい。 

69 :its:2001/07/16(月) 16:39
>>66
「然り乍ら死ぬのは他人ばかりなり」ですか。
この言葉を読んで、>>18-19さんが、デュシャンについて語ることを無意味
と主張し続けることに、合点がいきました。そして彼を現代美術の文脈で語
ることの不毛さも。
「然り乍ら死ぬのは他人ばかりなり」・・・肝に銘じておきます。

70 ::   ∝   ∝   ∵ ∵ ∵:2001/07/17(火) 00:39
箴言は思考停止の装置だって知ってた?

71 :its:2001/07/17(火) 01:16
>>70
知ってるよ。上のレスであえて書かなかったけど、「だけど僕はそのこと
を了解しながら、それでも尚駄文を垂れ流す」と一言入れたい衝動に駆
られたけど、なんか告白文みたいで嫌だったので入れなかった。
でも書いちゃったsage

72 :18-19:2001/07/17(火) 17:45
>>70

わたしは知りませんでした。
それはどういうことですか?

73 :18-19:2001/07/17(火) 17:53
>>70

思考といえども星の数ほど異なる思考の構えがある。

74 :工芸人:2001/07/17(火) 23:07
彼の初期の油絵を上手いと言っていた人がいたが、
皆さんどう思われますか?

私は凡庸な駄作だとしか見ないのですが。彼はやはり
思考の人であり、自らの思考を視覚化することに工芸の
作家のごとく熱心であったと考えていますのですが。

75 :its:2001/07/18(水) 01:13
>>70
たとえばラ・ロシュフーコーの箴言集にこんなのがあります。
「我々の美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない」
(岩波文庫の表紙から) これを言われて、まっとうな反論をすること
なんてちょっと難しい。「何言ってんだコノヤロー」「ふーんなるほど」
などという感情的な反応しか出来ないですよね。
もともと箴言は17世紀フランスのサロンで、貴族階級の言葉遊びとして
発展したものらしいですけど、当時は箴言に対抗するには箴言を持って
するしかなかったようです。(この辺はルコントの「リディキュール」がうまく
扱ってます) それは現代にも当てはまるのではないかなと。。。
僕も、「知ってるよ」なんて書いておきながら、明快な答えを持ち合わせて
ないので、詳しい解説は70さんにお任せします。

>>74
キュビスム・未来派に接近していた頃の「階段を下りる裸婦」なんて、絵と
しては僕は好きなんですが。確かに思考が先行している印象は受けます
けど(1910-20年代の美術はどれもその傾向がありますけど)。

76 :its:2001/07/18(水) 01:14
訂正
>>70→72
スイマセン

77 ::   ∝   ∝   ∵ ∵ ∵ :2001/07/18(水) 04:06
スターリンのの「ロマンチスト」に「死ぬのはいつもてめえらばか
り」ってフレーズがあるけど「然り乍ら死ぬのは他人ばかりなり」
って言い方よりはまるんだよな。俺には。何か、生や死が問題にな
るような現場に対して常に傍観者でいるほかないような不能感がヴ
ィヴィッドにつたわる(笑
で、これは18-19さんとitsさんがデュシャンの墓碑名から汲みとっ
てるのとは違う気がするんだよな。
だから箴言みたいな形式は世界を認識する方法としては不完全なんじゃ
ないかとかそういうことがいいたかったのじゃないか>>70
あまりつっこまないでくれ。

78 :18-19:2001/07/18(水) 05:24
ありがとうございました。
少しだけ解りました。
箴言というものは、
どこか石彫りの像に似ていますね。
あるいはものになった言葉、証明なしの結論、
あるいは………もうわからなくなりました。

例えば、
「我々の美徳は、ほとんどの場合、落札した工芸品に過ぎない 」
「我々の美徳は、ほとんどの場合、修復した絵画に過ぎない 」
「我々の美徳は、ほとんどの場合、興奮した猿に過ぎない 」
などのような、
少々無意味なものも箴言であり得るのでしょうか?

また、
「我々の美徳は、ほとんどの場合、偽装に過ぎない 」
「我々の美徳は、ほとんどの場合、悪徳に過ぎない 」
などは箴言として適当でしょうか?

つまり箴言とは、
「世界を認識する方法」であるよりもむしろ、
それ相応の戦略をもって挑む遊技なのかどうか。

79 :18-19:2001/07/18(水) 05:29
あるいは箴言とは、
証明を待つ仮説や
これから検証されるべき命題
のようなものなのか。

80 :18-19:2001/07/18(水) 06:09
>>74

マルセル・デュシャンの初期の絵画それ自体について、
正直なところ、私はまったく魅力を感じません。
しかし凡庸な駄作かどうかは判りません。
その種の目利きとしての感覚が欠如しているからです。
従って驚異の傑作がどのようなものかもわかりません。

市場に流された場合の
動産価値はそれなりにあると思われます。
つまり、それなりの話題を提供すると思われるからです。

落札した人物は、その事実を自慢することができるでしょう。
しかし画面に現われている技量を誇ることは出来ないでしょう。
その場合はダリなどが有効と思われます。
かなり皮肉な自慢になると思われますが。

ただ、デュシャンの仕事の流れの中で、
その初期の「凡庸な作品」を見ると、
それ自体を眺めている時に感じられるような
つまらなさがどこかに消えてしまうような感覚にとらわれます。

ところで絵画の良し悪しについてですが、
まったく何も考えることなしに、
ある作品が傑作だと思える時、
その判断の基準は、
どこにあるのか。
その判断基準が、
判断される対象において
試みられている内容と無関係な場合、
そこで下された判断はどのような場所で有効なのか、
ということが気になります。
つまり、まな板はコーヒーを飲む器として利用できるのか、
ということです。
それもそれなりに面白い。
しかしその状況で会話を楽しむことは不可能です。

81 :18-19:2001/07/18(水) 06:27
後年のデュシャンは自身の初期作品を集めるのに
熱心だったという話をどこかで読みました。
初期作品が単体としての強度に欠けるという意識は、
本人にもあったのではないかと疑えます。
しかし「駄作」も「代表作」もまとめて、
すべてはひとつの場所に収められました。
これは意図的な操作によるものです。

また、遺作を除く新旧すべて(?)の作品を
ひとつの箱に収めたマルチプルが、
本人の手で作られています。

こうなると、作品を個別に見ることが
まるで禁じられているようでもあります。

しかし私も「工芸人」として見れば、
デュシャンは生涯を通して二流です。
ただし、技量も思考も、
ともに何かの台座であり、
それが用を成すならばそれでも構わぬ、
などと思ってしまうのです。

82 :18-19:2001/07/18(水) 06:30
それを「無意識」などという慣用句で
受け流してしまうことは、
私には出来ません。

83 :工芸人:2001/07/18(水) 13:05
>81
18-19さん
はじめまして、宜しく。

>ともに何かの台座であり、
それが用を成すならばそれでも構わぬ、
などと思ってしまうのです

何の用をなすのでしょう?彼のナルシズムを満足させる用?
それをあなたは尊重する?死して後も彼はそれを要求する?

ここに、一人の偉大なオナニストがいました、彼のオナニーをみなさん
かたずを飲んで見て下さい、そして拍手をお願いしますーーと
どこかの美術館は彼のナルシズムを台座に展示する。流れるクリームを
少量でも信じて飲んだならば、ここに一人の現代のディオゲネスが誕生する。

---と言うわけですか?

誤解のないように付け加えますが、私はけっしてオナニーを否定しません。
ナルシズムを否定しません。ですので、彼も否定しません。むしろ、偉大な
個人主義者として彼のことを高く評価しています。
ですので上記は彼の生き方のある一面についての私の独り言を失礼にもあなたに
聞いてもらいたいと思ったからの書きこでした、許して〜(^0^)

84 :its:2001/07/19(木) 04:10
>>78 >>79
箴言については、僕も良くは分からないのですが、少なくとも17世紀
においては、それを創出する最低限かつ最大の要素としてエスプリ
を身に付けるということが最も必要とされた。それを所与のものとして
いない者は、貴族階級の落伍者として、すなわちリディキュール(笑
いもの)として蔑まされ、少なくともサロンというコミュニティに参加す
る資格は剥奪された。
エスプリをもってエスプリを、毒をもって毒を制す、とでも言うのでしょ
うか。
しかし僕がエスプリなどという素養は身に付けているはずもなく、18-19
さんのそれらの言葉が箴言になりうるのかどうかは判断しかねます。
思うに、箴言とは命題と結論が融合したようなものであり、尚且つ詩
のように多様な解釈の可能な、言葉の断片・・・???????
(・・・よくわからん。言語学板行ってください)
その意味で(どういう意味だ?)>>77さんの言う「世界を認識する方法」
の手段としては不適切である、という主張に同意なのです。

85 :its:2001/07/19(木) 04:35
>>80
>つまり、まな板はコーヒーを飲む器として利用できるのか、
>ということです。
価値の判断基準に正解というものは絶対にないでしょう。
一時代の共同体において、それがまっとうなモノとして受け入れられる
ことはこれまでも多くの事例がありますが。
作家の残した資料に基づいて解釈するのがいいのか?いやそれは違う。
資料の解釈すら恣意的なモノにしか過ぎないから。
結局、様々な解釈があってよいのではないでしょうか。むしろ、固定された
解釈を強要されるほうがよっぽど嫌だ。
デュシャンは死にました。
そして、彼は日々の生活に追われる一市民ではなかった。「芸術」という
魔物に足を突っ込んだが為に公人として扱われる存在となってしまった。
公人である以上、彼のスキャンダラスな部分が暴露され面白がられたり、
作品について色々と言われるのも、最早避けられない。
それに難癖をつけるのは愚かでしょう。デュシャン本人ですら。
我々は、死人の腐臭を嗅ぎながら、尚も彼について思惟をめぐらす。それも
また愚かでしょう。しかし、また止めることも出来ない。
彼について、人々が気に求めなくなった時、初めて安らかな眠りにつくことが
出来る。だが、少なくとも今日ではそのようなことは起こりえない。

作品について語り続ける。解答はない。それでいいのではないでしょうか。
デュシャンに興味のある限り。
最後に、ニーチェの格言から

「説明されたことは、我らの興味を失う。「汝自身を知れ!」と教えた神は、
何を言おうとしたのであろうか? おそらくは、「興味を失え、客観的たれ!」
といったのであろうか?---かくして、ソクラテスはいかに? いわゆる「学問
的な人間」はいかに?」
「善悪の彼岸」より

86 :18-19:2001/07/19(木) 15:34
>83

誤解を招いたようです。
美術館にある台座のことではなく、
技術と思考が、ともに何かの台であると言いたいのです。

また、ある人物のナルシズム及びオナニスム的傾向を
取りざたすることは、ある人の肌の色を指摘するのと
それほど異なるものではないと思われます。
それが実際のところどうなのかは大した問題ではないが、
それにしても、
「あれはナルシズムである」
「あれはオナニスムである」
「あれはナチズムである」
「あれはダダイズムである」
「あれは草である」
「あれは人である」
「あれは犬である」
「AはBである」
等々は考察以前の評価ないし印象です。
この形式を加算していっても、得られるものは僅かです。
店先に並ぶジャムでさえ、
同じ瓶の中に違う内容を収めていますし、
ラベルが間違っているということもあり得ます。
最終的には蓋を開けて確かめる必要があります。
(私はジャムの瓶の中で蜂を発見した経験があります)

ところで、美術館の台座の上で自慰に耽る人という
アイディアについては、それなりに面白いと感じました。
私はそれを見つめるでしょう。
通常では決して公的空間で見られない行為ですし、
それがオナニスムだとするならば、
その場のオナニスムを分解/再構成する好機です。

私は表現および解釈という概念を一切信用しません。
人も草も絵画も、ただそこにあるものだと考えます。

87 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/19(木) 16:02

(私はジャムの瓶の中で蜂を発見した経験があります)

巧いねえ。(笑
好きだよこういう修辞。オレは。

88 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/19(木) 16:37
>83
>私は表現および解釈という概念を一切信用しません。

う〜ん左寄だが。正論だ。
そうでないと「その本質とは何か」という、
形而上学的な問いを必然的に呼びこんでしまうからね。

しかし、それは特殊な商品である「貨幣」にだけ許された特権的な地位であって、
人も草も絵画も「ただそこにあるもの」ではないのだ〜よ。

89 :88:2001/07/19(木) 16:38
↓訂正。

>86
>私は表現および解釈という概念を一切信用しません。

90 :乞う芸人:2001/07/19(木) 18:37
>86
83の 何の用をなすのでしょう?

にお答え頂けないのですね?答えを乞う(^0^)

91 :::   ∝   ∝   ∵ ∵ ∵:2001/07/19(木) 20:46
何か良いスレになってきたね。(笑

>>18-19さんに質問。
デュシャンは何で「沈黙」したんでしょうか?
生産活動へのダダ的な否定?
ただの怠慢?

92 :its:2001/07/19(木) 21:21
>>89
>私は表現および解釈という概念を一切信用しません。
それもいいと思います。

93 :工芸人:2001/07/20(金) 03:48
>>88
で思い出した。あのかっての前衛、千円札事件の赤瀬川源平の現状。
どうとらえたらいいのでしょうね?ああいうアートの捨て方は?

94 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/20(金) 11:00
老人力のなせる技。

95 :18-19:2001/07/20(金) 14:27
>>>88

そうかも知れません。

96 :18-19:2001/07/20(金) 14:37
>>88

いや、やはりそうではない。
だってどのような対象も、
意識するまでは無関係ではないですか?

97 :18-19:2001/07/20(金) 14:41
いや、意識ではなく認識というべきでした。

98 :18-19:2001/07/20(金) 14:44
認識するまでは存在しない、ということなのだと思います。

99 :18-19:2001/07/20(金) 14:50
そこから、「ただそこにある」という考えが
生じたに違いありません。

その背景には
対象が置かれる
美術館およびその壁およびそこにある台座、
およびそれを知覚認識の様式として取り込んだ意識、
等々がある。

100 :18-19:2001/07/20(金) 14:57
>>92

しかし
何にせよ「形あるもの」がそこにあり、
どうであれ「それを知ること」が可能である、
ということは大いに信用できます。

101 :18-19:2001/07/20(金) 15:00
>>91

その頃すでに幸福だったのでは?

102 :18-19:2001/07/20(金) 15:08
>>90

ある局面において必須のものが、
他の局面においてはまったく余計なものになる、
ということが、日常でもたびたび起こります。

103 :高芸人:2001/07/20(金) 15:48
>>102
つまり、作品は排泄物だとおっしゃりたいのですね。
勿論、それを生み出す技量も思考も排せつの用のため
のものと。クリーム以下?私と同意見(^0^)
彼にとっては一時的に必須のもの、出てしまえばクソ!

貴兄は、どうしても私にこれを言わせたいのですね(^0^)

104 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/20(金) 17:18
このスレつまらない

105 :旅芸人:2001/07/20(金) 19:06
>104
賛成!糞尿談お断り!

106 :18-19:2001/07/21(土) 23:27
>>102

糞尿であれ、性愛であれ、
そのこと自体は話題として特に問題ないのですが、
そのいずれにしても、
あまりにも多くの事柄に対して適合し得るという点で、
良い比喩とは思えません。
つまり慎重に用いない限り、比喩として用を成さない。
その点いかがでしょうか?

107 :18-19:2001/07/21(土) 23:31
>>104

あいすみません。

108 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/22(日) 00:30
音楽家では ジョン・ケージとよく比較されますね。
共通しているのは 少し理論寄りということかな?
けど、何か新しいことを発言したり、やったりしても
なかなか後が続いていかないというのは 不幸なことのように
感じる。デュシャンはよくわからないが、ケージなら、一度
聴けばいいかな、という感じになってしまい、毎日聴いて楽しい
ものじゃない。

109 :高芸人:2001/07/22(日) 01:01
>>106
私も御指摘のところは充分に分かっております。
ただ、具体性を欠いた言葉は時に意味を持た
なくなることがあります。読み手の誤解を誘発
することがあります。このことは、104に付いて
も言えます。故に105で私自身の実感を込めた
憶測の書きこを致しました。あいすみませんです。
(^0^)

110 :∝∝:2001/07/22(日) 02:02
性愛で思い出すけど、「ローズ・セラヴィ」っていうのは
Eros c'est la vieのしゃれだそうで。

111 :18-19:2001/07/22(日) 21:21
>>109

正直に申し上げるならば、
どうしても書きたくないことがあるのです。

>>108

比較であるよりはむしろ、
よく引き合いに出される、というニュアンスでしょうか。
しかしここでの問題に関する限り、楽しいか否は重要でないと思われます。

娯楽というものは、鑑賞者の忍耐と修練を決して要請しません。
娯楽の目標は、あらゆる文化を超え、あらゆる境遇を超えて、
すべての人々が苦労を味わうことなく受け入れられるものを、
実際に出現させ、時空的条件の許す限り大量に供給することです。
また難解とされるものには必ず大量の解説が付けられます。
解説産業という分野があるのではないかと疑えるほどです。
解説無用の、それ自体を説明するかのような作品も見受けられます。
この傾向は公共施設において歓迎されることでしょう。
このような状況において、体験することは理解することと等価です。

これ以上は続けたくありません。失礼します。

112 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/23(月) 02:30
うっわー。長文だらけ。

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