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ピカソはどこがすごいの

1 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/06(水) 21:58
どういう風に鑑賞すればいいのでか。
私には子供の落書きと見分けがつきませんが。

2 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/06(水) 21:59
>>1 君のような凡人にわからないところがすごい。

3 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/06(水) 22:00
子供の落書きの方がすばらしい。

4 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/06(水) 22:10
>>次々と新たなスタイルを生み出し、
その全てで成功をおさめたからだと思います。
絵そのものは理解できなくてもこういう生き方はみなが憧れる事でしょう。

5 :1:2001/06/06(水) 22:13
>4
ピカソの絵はどうすれば理解できるのですか。

6 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/06(水) 22:36
何が描かれているかを、観察するのではなく

感じましょう。

セックスと同じように。感じなければ、ピカソもマチィスも
あなたとは、無縁のものでしょう。理解しなければ
生きていけない、と言うほどのものでは、ないのでしょうから。

7 ::2001/06/06(水) 23:05
>6さん
え、本当ですか。
ピカソはか描かれている物を考えながら観察するものだと
思いますが。

8 :ピカ:2001/06/06(水) 23:10
ピカソのすごいところは、
「ものすごく絵がうまい」
ということであり、それに尽きる。

9 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/06(水) 23:14
「表現」というものの幅を広げてるから好きだな。
泣く女とか、膝抱えた怖い目の女とか、写実的に描かなくとも
被写体の風情というか精神がいっそう浮揚して感ぜられる。
しかもあの鮮やかな色彩感覚。
面白い絵を書く人だと思うが。

10 :初心者:2001/06/06(水) 23:22
>ピカ
そのとうりだけど、伝わりにくいなそれ。

11 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/06(水) 23:29
あのパワーじゃない?
計算すると毎日何枚もの絵を描いてたっていうけど普通出来ないよ。
そんなにアイデアがない(W
一枚一枚の絵がどうっていうより、ピカソの存在そのものが驚異的なのでは。
そんな人ってあんまりいないでしょ?
、、といいつつ絵自体は中くらいの好きさだな。

12 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/06(水) 23:59
ピカソのキュビズムは、ブラックの成果のパクリ。
ピカソの成果はカーンワイラーの力による所が大きい。

ピカソって・・・?

13 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 02:02
ピカソの子供の時のデッサンが載ってる画集を探して見てみればわかる。
自分は美大予備校時代にたまたまそれ見て凄く荒んだ…鬱だ氏のうレベルなまでに…

14 ::2001/06/07(木) 02:11
ティム・ロビンスの「カウガールブルース」で美術マニアの整形外科医
が患者の鼻をピカソ風に完璧に整形して免許とりあげられるっていう
のがでてくるけど、あれ笑ったな。

15 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 21:11
初期の絵の方が好きな私は邪道ですか?

16 :  :2001/06/07(木) 21:24
最近、ピカソに強く興味を持ちました。
「人形を抱くマヤ」がお気に入りです。
ピカソのまとまった画集を買いたいと思いますがどれがいいかわかりません。
オススメがあったら教えて下さい。お願いします。

17 :1:2001/06/07(木) 21:42
落書きと見間違う、絵のどこがすばらしいのか教えてほしいのだ!

18 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 21:50
落書きに見えるのならそれでいいんじゃない.
あんたの眼はそんなもんよ.
あっ,頭もね.

19 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 21:57
>18
落書きに見えないなら、そのすばらしさを説明してほしいのよ。

20 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 22:39
>17
絵は、人に説明されて理解できるものかなあ?

私はピカソの「アビニヨンの娘たち」を見たとき
暫らくフリーズして動けなかった。
ブランクーシーの彫刻も、そうだった。
その時の感情、感動を言葉に置き換えれば、むなしい
言葉の山が築かれるだけ。「百聞は一見に...」なんて
言葉があるけど、「見て感じる」以外にない、と思うよ。

21 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 22:41
>>19
結局のところ、誰も語れないということです。

22 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 23:01
なにを、期待してるの?

23 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 23:20
>22
抽象画はいかにして鑑賞すればいいのか。
どこに感動するのか。
例えばゲルニカなどで

24 :プロ:2001/06/07(木) 23:23
>ピカソはどこがすごいの

箇条書きにして教えてあげよう。

・大金持ちになった。結婚も数え切れないほどした。
・そのつきあった女性は自殺してしまうものも多数いた。
・巨匠として世界中で知らない人はいない。
・美術史を確実に動かした。20世紀を象徴する画家となった。
・画風をカメレオンのように換え、常に破壊と創造を繰り返した。
・いまでもまともなアーチストならば誰もピカソを否定しない。
・絵が凄くうまい。絵画の何たるかを良く知っている。
・頭がいい。言ってることも結構いい。
・結構おおらかな絵も描いたり、凄く綺麗な絵もかいたりし心憎い。

馬鹿ものでは金持ちにはなれないし、名声を博すこともない。
それ程世の中甘くない。やっぱ絵が凄い。

ピカソはかように凄い人なのです。

25 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 23:30
ピカソは天才だ!巨匠だ!
だが、芸術家ではない

26 :ピカ:2001/06/07(木) 23:31
落書きにしか見えないという人は、
とりあえずブリヂストン美術館で
『サルタンバンク』でも観てみれば?

27 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 23:43
>26
ネットで検索したら出てきました。
赤いズボンをはいた若者が腕組みしてるものですか。
うううー。
なにを感じれば鑑賞できたことになるのでしょうか。

28 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/07(木) 23:52
>23
>「いかに鑑賞すればいいか」
 人に教えてもらうべきものではなく、自分の体で
 知るべきもの。と、何度も言ってるでしょう。
 これ以上、しつこく聞くと、お父さん、怒るよ。

29 :さや(偽):2001/06/08(金) 03:52
どうして付き合った女性たちは自殺したのでしょうか、、、
それが知りたいです。。。

30 :マジレス:2001/06/08(金) 06:50
1はネタでなく本気のようです.
小学生か中学生(出来れば女子)のふりをしてヤフーの掲示板に書き込むことをお勧めします.
きっと親切な人が教ええくれますよ.

31 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/08(金) 06:58
>30
ありがとう。
ヤフーへいってみます。

32 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/08(金) 08:17
>>30さん
あっぱれ!

33 :Yahoo!の工作員発見!!:2001/06/08(金) 11:45
30〜32
Yahoo!の工作員発見!!

ヤフ〜には、そんなことに答えられる住人なんて、いね〜ゾ。

そんなに、ユーザ獲得したいのか?
専門領域で、レベルの高いカキコできる奴を、数人雇えばすぐ実現できるのにな。
インターフェイスもダサいし、コミュニティの作り方も、まるで素人だな。
ヨソに手入れて掻き回してるんじゃね〜よ。

34 :マジレス:2001/06/08(金) 12:32
>>33
30はもっとレベルが低いとこに池って言ってるわけだから
むしろYahooをけなしてるとおもうのだが・・・・

35 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/08(金) 22:32
真面目なヤフーより2chの方がレベル高いってのが良いなー。

36 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/08(金) 23:15
ピカソ?
歴史上の画家を見渡してみると、屈指のレイアウト感覚の持ち主で、
非常にバランスのとれた画面をつくる作家です。
筆を走らせると言う技術面においても、同様の事が言えると思います。
日本の画家ではあの宮本武蔵がずば抜けています。
しかしながら
大変な数の作品を生みだしたことが有名ですが、
果たしてどれだけが後の名声に耐えうるものであるのかは疑問の限りです。
わたしの考えではそのうちの数十点に限られます。

37 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/08(金) 23:34
ところで、
何点ぐらい作品を残したのかなあ。
版画では、ブロック最後の番号が2017点だけど
油絵、ドローイング、彫刻など、すごい数だろうね。
ゼルブス、何点ぐらいか、知ってる人いる?

38 :プロ:2001/06/09(土) 03:23
36がわけのわからないこと言ってるな。

この有名な言葉を贈ろう。

「天才とは何か。… 多作であることだ。」

39 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/09(土) 03:40
シャレですか?

40 :こっちもプロ:2001/06/09(土) 05:12
>>38
それ誰の言葉?

41 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/09(土) 08:52
ミロ
などの抽象画はどういうふうに、鑑賞すればいいのですか。

42 :わたしはダリ?名無しさん? :2001/06/09(土) 22:24
>私には子供の落書きと見分けがつきませんが。
目の付け所がいいね。
この世には子供の落書きほど純粋なアートは無いからね。

43 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/09(土) 23:42
子供が「ピカソって絵が下手なんだよね」って言ってた。マジ

44 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/10(日) 00:41
>43
別にいいんだよ。その子にとってピカソがとにかく絵がうまい
なんてのはそれほど重要なことじゃないんだから。

45 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/10(日) 02:14
>>43
できればあなたが子どもに「絵ってのは上手いか下手かじゃないんだよ、
面白いかツマンないかなんだ」と教えてあげてね。

46 ::2001/06/10(日) 12:14
>45わけわからんが、まあ良し。
ピカソは彼自身の精神、そして絵における形式で誰よりも卓越してい
たと言えるんでないかな。
精神においては誰よりも深く、
形式においては形や構造を強く引き出す描き方で絵画の持つ性質を最大限に引き出し
ている。

47 :43:2001/06/11(月) 01:55
>>46
あ、わかんない?別にイイですよ(w
評論家じゃないし、絵を描けば描くほど
そう思いますね〜。
もちろん面白いっていう意味は
funnyじゃなくexcitingのニュアンスだけどね。
ピカソなど人類史に残るほどのレベルの人のことは私には分かりませ〜〜ん
そんな大天才じゃなし。
人々にエモ−ショナルな興奮や感激(感動)を与えられれば言う事はないでしょう。
でそれはね、上手い下手じゃないんだよって言ったわけ
子どもに教える事としてはとっても上等でしょ??(藁

48 :名無しさん@お腹いっぱい:2001/06/11(月) 02:05
上野の国立博物館と西洋美術館をはしごするとピカソのすごさはよく分かると思う。

49 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/11(月) 05:37
なににでも評論家という人たちがいるのだから、美術評論家もいて、そのうちには絵画評論家もいると思うが、その人たちはピカソを見て言葉では表現できないけど素晴らしいなどと言ってたら商売にならないはずだから、例えばその感動をどう言葉表現して説明するのでしょうか。ピカソの絵画の評論家っていますか。どんなことを言ってますか。

50 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/11(月) 06:23
展開が期待できそうな、レスですねー。すご〜く楽しみ。

51 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/11(月) 07:44
>>49
この板にはそんなに高度なことできる人はいないんだって。
「言葉では表現できない」って言えば済むと思っている人たちなんだからさ。

52 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/11(月) 08:40
>51
だから、あなたに期待してるのよ、みんな。

53 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/11(月) 08:46
してねーよ

54 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/11(月) 08:52
待ってるヨーーーン

55 :51:2001/06/11(月) 09:35
>>52
いえいえ、僕もそんな高度なことできませんよ。
僕にもっと能力があればとっくにやってます。

56 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/11(月) 12:40

ピカソなんて天才でもなんでもない。ただ盗作がうまいだけの
画家だよ。
評価の対象になるのは青の時代、赤の時代、キュビズムの初期
だろうけど(それ以後はほんとに落書き。かれのパフォーマン
スにみんなだまされてる)、要は情緒的なエコール・ド・パリ
のひとりにすぎなかった。
美術史的に評価されるのはキュビズムの創始者としてなんだろ
けど、それにしたってセザンヌがいてこそ成立したものだし、
ブラックやデュシャンのほうが理論的だった。
ほんとにみんな誤解してるけど、ピカソにはオリジナリティ
がかけらもないんだよ。

だいたい、ピカソって彼以後の画家にぜんぜん影響を与えて
ないでしょ?
現在の美術は基本的にはいまだにデュシャンの影響下にある。
あと100年もすれば、美術史家たちは、20世紀最高の画
家はマティスとデュシャンって言うようになるよ。ピカソは、
まあ無視はされないだろけど、特異な画家としてあつかわれる
だろうね。

57 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/11(月) 12:53
当たらずとも、遠からず。
「特異な画家として扱われる」?
難しい、表現だね。

58 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/11(月) 17:58
ピカソが抽象画を描いてるという甚だしい誤解をしてるヤツがいるな。
「ゲルニカ」(ひでー絵)なんかももちろん抽象画じゃなく、具象画。
泣き叫ぶ女とかウシとか、ちゃんと“なにか”が描いてあるでしょ?
それは具象。

抽象画っつーのは、モンドリアンとかカンディンスキーとかクレー
の、現実に存在しないものを描いた作品のことを言う。

59 :goatsong:2001/06/11(月) 22:26
クレーは間の子だね。

60 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 13:23
>>56やっぱり評論家きどりのアホがでてくるんだよねー。
頭でっかちの感性ゼロのクズには芸術を語るしかくはなし!
お前はピカソどころか三流画家の足元にも及ばない脳なし(笑
頭で語るな、感性で語れクズが

61 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 13:38
>>60
しょうがないよ、才能のない凡人は感性で分析することが
できないから、どうしても頭でっかちになってしまう。
そんな連中美大に行けばゴロゴロいるよ?知識だけで芸術
を語ってなにも生み出すことのできない人間が。

というかここに偉そうに書き込んでるやつらは大した才能もなく
絶対に歴史に名が残る人間じゃないので芸術の事なんて教科書
どおりにしか話せない凡人共(もちろんオレモナー)
だからピカソの事なんて最初から誰も理解すらできないんだよ

62 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 13:48
芸術というのは、天賦の才能がないと理解出来ないものですか。
それとも、訓練次第で、凡人でも理解できるようになるものでしょうか。
例えば、最初から水泳が出来る人はいないと思いますが、練習すれば大概は誰でも泳げるようになりますが、芸術も同じでしょうか。
それとも、非凡な才能がないと永遠に理解できないのですか。

63 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 13:52
私の学校にもいるよ
絵は書けないくせにやたらと理屈で絵画を
語る馬鹿が。屁理屈を言う暇があるんだったら
絵の練習をしろっつーの
本当口ばっかの奴って駄目だね。

64 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

65 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 14:37
というか、ピカソに限らず高名な画家を否定している
やつらって自分の力量がワカッテいない勘違い馬鹿か、
ピカソ以上の天才か、のどちらかだろう?まぁここで否定している
人間はまちがいなく前者だろうけどね。つまり「ピカソは過大評価されすぎ、
そんなに大した画家じゃない」と言うことで「俺は他の人間とは違うんだぜ〜」
といいたがってる典型的な才能のない凡人のざれごとだな。
いつの時代も特別になりたがる凡人ってのは多いもんだね

66 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 14:39
>>64
しね

67 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 15:02
>>64
確かに青の時代やその前後に見られるデッサン力はすごいね。

68 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 15:08
>>64
グロ画像モナー

69 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 15:12
>>66,
>>68
引っ掛かったの?楽しいな〜
また、活躍しよ〜っと

70 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 15:42
>>69
氏ね
それと直リンは規約違反だよ〜ん
活躍もそこんとこわきまえた方が宜しいかとホホホ

71 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 16:50
>>60-63
自作自演ぽいね。
この板の状況を踏まえてした方がいいよ。

72 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 17:00
>本当口ばっかの奴って駄目だね。

ここは掲示板。
言葉で語り合う場所。
自分の絵を見せてからならわかるが、
口で語る場所で口で語れず、
「絵を描け」とわめくお前が一番邪魔。

73 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 17:26
いいからピカソの話をしろよ

74 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 17:34
くだらねぇ、ここは画家きどりのカス共のたまり場か?
ごちゃごちゃ言ってないで自分の言葉で話せや

75 :63:2001/06/13(水) 17:49
>>72
別にあんたにむかって言ったんじゃないよ?
ただ61のカキコで私の近くにいる人間の事を思い出しただけ、
口ばっかの人間が駄目なのはどの世界でも一緒でしょ
ネットでしか人と話せない引き篭りに「邪魔」なんて言われたくないです

76 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 17:54
画家きどりは、二言めには「絵を描かなきゃわからない」と言うが、
だったら絵を描いてみてわかったことを書いてみろよ。
それがみんなを納得させるものだったら、
その時初めて、あんたが正しいってもんだろ。
言語化できない人間は、掲示板に書き込む資格なし!

77 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 18:03
>口ばっかの人間

じゃあ、あんたが口ばっかじゃない証拠を見せて。
掲示板では、実生活なんか関係ない、言葉のみが通用すんの。
あんたが如何に有名な大画家だろうと、言語化できなきゃ、邪魔なだけ。

>ネットでしか人と話せない引き篭りに

出た、「引きこもり」。
どこの板でま、言葉につまるとこれしかでない馬鹿多いね。

78 :63:2001/06/13(水) 18:03
>>76
どの人にむかっていってんの?

79 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 18:05
なんか荒れてきたなぁ、ようするにどっちも駄目ってことだろ?

80 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 18:07
>>79
正解!

81 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 18:20
まぁまぁ、お互い美術が好きな人間同士なんだから
中良くマ〜タリいきましょうや

82 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 18:24
では、話をピカソに戻そうか。

83 :63:2001/06/13(水) 18:36
私は今美術の専門学校で絵の勉強をしています。
中学生の時に彼氏と一緒にたまたま近くでやっていた、
ゴッホの展示会を見に行ったのがキッカケで真剣に絵の
勉強をしたいなぁと思ってこの道でがんばってます。
もちろん画家になれるかなんてわからないけど・・・
これが私が絵に興味をもった簡単な理由です。まぁここまで
書いたところで、いろんなへ理屈をつけながら罵倒するんでしょうけど

84 :63:2001/06/13(水) 18:36
私は今美術の専門学校で絵の勉強をしています。
中学生の時に彼氏と一緒にたまたま近くでやっていた、
ゴッホの展示会を見に行ったのがキッカケで真剣に絵の
勉強をしたいなぁと思ってこの道でがんばってます。
もちろん画家になれるかなんてわからないけど・・・
これが私が絵に興味をもった簡単な理由です。まぁここまで
書いたところで、いろんなへ理屈をつけながら罵倒するんでしょうけど

85 :63:2001/06/13(水) 18:36
私は今美術の専門学校で絵の勉強をしています。
中学生の時に彼氏と一緒にたまたま近くでやっていた、
ゴッホの展示会を見に行ったのがキッカケで真剣に絵の
勉強をしたいなぁと思ってこの道でがんばってます。
もちろん画家になれるかなんてわからないけど・・・
これが私が絵に興味をもった簡単な理由です。まぁここまで
書いたところで、いろんなへ理屈をつけながら罵倒するんでしょうけど

86 :63:2001/06/13(水) 18:38
すいません、三重カキコしてしまいました

87 :(^o^)/:2001/06/13(水) 18:45
>>63
お嬢ちゃんの気持ちはわかったから、煽り返すのは
やめよう。相手もムキになるだけだから。
それにここはピカソを語るスレッドです、だからピカソを
語りましょう。じゃあ、いつか画家になれるといいね。
その時は応援するよ。

88 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/13(水) 19:32
>>84-85
その彼氏とはエッチしたの?

89 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/14(木) 06:10
>>83=63
処女ですか?

90 ::2001/06/14(木) 11:26
軽井沢のピカソの陶磁器展見てきました.
ピカソが陶磁器?とはじめは思っていたけど
彼が陶磁器特有の艶を消すのに必死になっている
のがうかがえました。それによって材質感が
増すんですよね。

91 :イギー:2001/06/14(木) 14:25
変態だな

92 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/14(木) 16:10
初心者多い?ここ
何でレス番号引用しないんだよ!
読みづらいんだよ!!!
>変換して>>が出るように自分で辞書登録しろよっったく!

>ぷ
おめー初心者だろ。

93 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/14(木) 17:19
>>90
上薬かけなきゃ、艶はでないと思うが。

94 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/14(木) 20:45
ピカソはちんちんがすごかったらしい

95 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/14(木) 22:35
>>90

ピカソの場合、そのほとんどがMadouraの
陶器と思いますが、
誰か、陶磁器の説明してくださ〜い。

96 :オタ@初台:2001/06/16(土) 02:53
♪まっしろなーとうーじきをー ながめてはーあきもせずー
って陶器か磁器かはっきりせんかい!

97 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/16(土) 02:57
陶器にきまっとるやろうが、このヨタが!
酒の酔い醒まして、出直せ!!

98 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/17(日) 00:46
ピカソってなぜ凄いかって言うと(これはキュビズム以降の話)
「絵なんて結局点と線の集合体だろ?。」と言ってしまったこ
とだと思う。だからそれだったら何を書くかではなくてどう
書くかってことにこだわり始めたと思う。でもピカソはそれを
ブラックとやり始めて徹底的に絵を点と線に解体しつくしてし
まった。これがいわゆる分析的キュビズムの頃の事。

そうすると今度は解体しつくしてしまうと再構築に興味が
移ってくる。つまり点と線でバラバラになった対象を今度は
自分の感性で再構築するってことだ。これが総合的キュビズム
の頃の話。

僕はピカソのキュビズム寸前の習作を見たとき胸が高鳴った。
ピカソはキュビズム以前に物凄いスランプに陥っていたと思う
が、その時ちょうどヨーロッパで注目され始めたイベリア彫刻
やアフリカの原始彫刻のようなものにインパクトを受けた。お
そらくそこにピカソは自分の進むべき道を見たんだろう。それ
からピカソはくる日もくる日もアフリカの面をデッサンし始め
る。最初はコピーがやっとだったけどそのうちただ単にコピー
をするのではなくて、そこに自分の主観が入ってくる。要する
に「この面は口がこうなっているけど俺ならこうする」ってこ
とだ。そのうちそれを続けていくうちにあることに気がつき始
める。「これはセザンヌがやっていた対象を幾何学的形態に起
きかえる」ってことと同質なんではないかと。ピカソはそこで
考えた。「確かに幾何学的に事物を置き換える事はできるが
対象を正確に写すと言うことにどれほど価値があるのか。俺は
絵描きであくまで事物はきっかけに過ぎないわけで、本当は事物
を写しているんではなくて自分の心の中の心象を写しているの
ではないか。」とそうなるとますます絵が自由奔放に分解されて
くる。そのうち分解しているうちにある恐ろしい考えが芽生えて
くる。それは「結局、絵というものは点と線の集合体でしかない
のではないか」ということだ。もうそうなるとピカソの絵一枚
一枚がアフリカの未開の奥地に踏み込むようなギリギリの緊張感
と叫びが聞こえる「自分の前には道はない。俺が切り開いて道を
開くしかないんだ。」と言う風にだ。

その頃の習作がじつはかなり残されているのだけれど、その一枚一枚
は本当に凄い。一枚絵を仕上げると次の絵はその前の絵より何か一つ
余計な線と点が無くなっている。まさに絵との戦いだった。ピカソは
一枚仕上げるたびに賢くなってくる。どうやって対象を解体していけば
よいかが分かってくる。

ちなみに「アビニョンの娘達」はその変遷がみてとれる。真中にはまだ
イベリア彫刻などの影響が見て取れるが左側から右側に移るともうその
解体が始まっている。右側になるとピカソの体内にイベリア彫刻の影響
は完全に消化されつくしてピカソ本人の心象しかみえない。

99 :<っ:2001/06/17(日) 00:55
なんかすごく勉強になるって感じなんですけど、やっぱ後から理由聞かないとすごさがわかんないってのはありますよね。それとも眼が肥えてくると一瞬で見抜けるもんなんでしょうか。

100 :ヒーさま:2001/06/17(日) 00:56
>>98
自分に酔わずに、実証的に論を展開しなさい。

101 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/17(日) 01:18
ピカソの絵はそれ単体で楽しもうとすると気が狂います。
その絵が描かれた背景を探って「ああ、ピカソはその事象をこう表現したのか」
という楽しみ方がいちばん精神に優しいと思います。

20世紀抽象絵画ってあまりにも独り善がりすぎて・・・
本人は自覚して描いたんだからいいけど、「市場」に流れてるのはどうかと思う。売るなそんなもん(笑
J.ポロックまでいっちゃうともう、どう感銘を受ければいいのかわかりません。

オーガニック彫刻の鑑賞でもしてきます。

102 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/17(日) 02:20
イヤ98はイイよ。

ピカソになった大川隆法もここまでかけないだろ

103 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/17(日) 02:33
>100

別によっちゃいないよ。俺はそういう風に考えていると言うこと。

>99

どうしても書いていることがわかんないといけないんじゃないかな
と言う感じはありますよね。でもピカソから始まる現代美術な流れ
ってのは極めてシンプルなものなんですよ。わかるわかんないでは
なくて好きかどうか、何を感じるかのみなんです。もちろんなにも
感じなくてもいいんです。それも逆説的ですが何も感じないという
ことを感じたということなのですから。でも不思議なもので「なんだろ
こんな変な絵!。」と昼間思っていたはずなのに夜になるとなぜか
変に気になるというか、なぜか美術書をひっぱりだして見ていると
いうことはないですか?。これはわかんないのではなくてもう
無意識的には理解しているのです。気持ちの奥底ではおもしろがって
けらけらわらっているということなんです。

僕にとっては現代美術などからくらべるといわゆる古典的な絵画の
ほうがずっと難解です。例えば「最後の晩餐」と言う絵がありますが
あれはちゃんと聖書の知識がないと全く意味がない絵なんですね。
例えば真中にいるのがキリストだというのがわかっても、まわりにいる
のが誰かというのが分からないと意味ないし、キリストから離れてコソコソ
はなしているのがいるがなぜかとかその他いろいろ画面から膨大な情報を
とっていかなければならないので逆に難しいのです。でもピカソから始まる
現代美術の流れというのは「結局絵というのは点と線の集合体である」という
極めて即物的な態度から出発しているのです。だから絵から何かつかもう
と思ってもそもそも最初から意味がないのですから、掴み取る必要もないのです。
たとえば「泣く女」と言う絵を例にあげてピカソになんでこんな風に顔が
歪んでいるのかと聞いてもおそらく「わからん。書きたいから書いたまで
だ。」と言われるだけでしょう。

分かる意味なんてまったくないのです。11面観音はなぜ顔が11面あるのか
なんて考えたことありますか?。千手観音はなぜ1000本手があるのか
なんて考えたことありますか?。仮に意味を知ったところで「あっそ。」
で終わりでしょ?。知ってから猛烈に感動して帰依してしまったなんて
人いないでしょ?。全くその程度ですよ。

そんなことより純粋に絵としてどうか。点と線のバランス具合はどうか。
自分なら同じ対象をどう書くかってとこを注意してみるとそれはそれで
純粋に楽しいのです。

その面白さがわかれば現代美術なんて簡単だし誰にでもすぐに出来る
ものだと思いますよ

104 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/17(日) 02:46
なるほど。まあまあ好みはありますので。

105 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/17(日) 02:57
>>100  >>104  ーウザイー

106 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/17(日) 07:56
>>103
イミフメイ

107 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/17(日) 09:21
>103

簡単にわかりやすく書いたつもりだったんですけど。

>104

それでいいんですよ。どんな絵でも好みはあるでしょ?。
それを探していけばいいんです。

翻ってそこから結論としてなぜピカソが凄いか。

それはピカソにこれはやってはいけないということがないからなんです。
つまり完全な自由を手にいれたということ。正直この境地に至ったのは
ピカソが始めてでした。どういうことかというとピカソ以前の画家いう
のはダビンチであれルノワール、ゴッホでさえ「うまく書こう」と言う
気持ちがあったはずなんです(それが良い悪いは別にして)。
でもピカソは自分のスタイルを確立してから「上手かろうと下手で
あろうと、綺麗であろうと汚かろうとどうでもかまわない」と
言いきれたことなんです。そこにピカソの本当の凄さがある。
もちろんその境地にピカソが至ったのはもともとピカソが天才的に
絵がうまかったということなんですが、彼はそれさえも超越して
しまったということなんです。例えば最初に子供の絵が素晴らしい
と言い始めたのはピカソが最初でした。自分の感性の赴くままに
自由に線を走らせることが出来たのがピカソが最初だったのです。
晩年の作品になるともう本当に凄い。完全に子供の絵と変わりない。
天衣無縫とはまさにピカソの為にあるような言葉さえしてきます。
確かにピカソの後は誰も後継者がいなかった。それは当然で彼の
後にはもう何も残ってないからなんです。あれだけの自由で書か
れてしまうともう具象画に未来はなく、結局抽象画しか我々には
残されていなかったということですね。

108 :107:2001/06/17(日) 09:32
参考までに僕の大好きな岡本太郎の「青春ピカソ」からの一節
を抜き出しておきます。

「技術的にもっとも驚かされたのは、(ピカソの)画面の徹
底的な汚さだった。名人の無造作な趣というものではない。
本当に子供か馬鹿が下手にペンキいたずらした程度の塗り方で、
下の生地は丸出しだし、大事な箇所に塗った色の滴がぽたぽた
不用意に垂れこぼれている。が、拭きもしないでそのままで
ある。まったくそばによると見るに耐えないガサツな画面が、
やや退いて見ると、突然戦慄的に生きて来るのである。
 もう一つ。モダンに隅から隅までディスプレイされた会場の、
麗麗しく飾られている作品の中に、細かい、あかっぽい泥が
一面にはねあがった画面があった。ピカソのアトリエは倉庫か
、悪く言えば馬小屋のような雑な田舎家だから、雨も洩る
だろうし、立てかけてあった作品に永い間、床の泥土がはねて
いたのだろう。ちょうどそんな汚れ方だった。だがこの細心に
構成された会場でどうして泥つきのまま出陳したのだろう。
おそらくピカソ自身が、こりゃあ面白いじゃないか、もったい
ないからこのまま出そう、とでもいったに違いない。いずれに
してもこの状態で出品するふてぶてしさには呆れるばかりである。
 故意に絵の具を垂らしたわけではないし、また雨漏りまで
計算にいれるはずはもちろんないだろう。凝り性の日本人
たちはこれも名人芸だと考えたがるかもしれないが、そうで
はない。よかろうが悪かろうが、どうでも構わないのである。
もし効果だとしたらちっとも凄みではないのだ。口惜しいが、
私(岡本太郎)だったらきっと拭き取ってしまうに違いない。
まことに残念である。私は痛いほどわが身をたたいた。しみが
口惜しいんじゃない。ただ己にも他にもすべて許されている
という彼ならばこその凄みが芸術の根本問題としてこのしみを
通して堂々と見せつけられるからである。」

109 :1:2001/06/17(日) 16:45
>108
私が子供の絵と見間違っても、別に可笑しくはないわけですね。
岡本太郎もそういってるのだったら。

110 :107:2001/06/17(日) 22:48
>109

そうです。でも子供の絵と馬鹿にするかもしれませんが
いざあんな風に書いてみろといわれてもなかなかあんな風に
書けませんよ。ましてや観客がいるという前提で、それなりに
社会的地位がある人だったらなおさらです。でもピカソは
それができる「人がどう思うと関係ない。俺は自由に書きたい
と思うものを書きたいように書くだけだ。」といっているよう
です。上記の泥はねした絵のところでもそうなんですが、もしか
したら作品にとって単にマイナスの要素でしかないものを
平気に喜んでやってしまう。誰だって自分の書いた作品に泥
はねしてたらふき取ってしまうでしょう。けして効果にはなら
なくて単に印象を悪くするだけかもしれないのに。もしこんな
ことをしたら今の自分の地位が危うくなるかもしれないのにです。
でもピカソはそれが全くなかった。まさしく子供のままで
そんな計算や思いこみはなかった。だから素晴らしい。
だからうたれるんです。

だから>1さんの思っているようにまったく子供の絵に
見えたのならなおさら素晴らしいってことです。

111 :107:2001/06/17(日) 22:49
>109

そうです。でも子供の絵と馬鹿にするかもしれませんが
いざあんな風に書いてみろといわれてもなかなかあんな風に
書けませんよ。ましてや観客がいるという前提で、それなりに
社会的地位がある人だったらなおさらです。でもピカソは
それができる「人がどう思うと関係ない。俺は自由に書きたい
と思うものを書きたいように書くだけだ。」といっているよう
です。上記の泥はねした絵のところでもそうなんですが、もしか
したら作品にとって単にマイナスの要素でしかないものを
平気に喜んでやってしまう。誰だって自分の書いた作品に泥
はねしてたらふき取ってしまうでしょう。けして効果にはなら
なくて単に印象を悪くするだけかもしれないのに。もしこんな
ことをしたら今の自分の地位が危うくなるかもしれないのにです。
でもピカソはそれが全くなかった。まさしく子供のままで
そんな計算や思いこみはなかった。だから素晴らしい。
だからうたれるんです。

だから>1さんの思っているようにまったく子供の絵に
見えたのならなおさら素晴らしいってことです。

112 :107:2001/06/17(日) 22:50
おあ、二重カキコしてしまった。スマソ

113 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/17(日) 23:52
若い頃のピカソの、エピソードの1つにこんな話があります。

画商が作品を見に来る少し前、ドローイングを床に無造作に置き
一番いいと思われる作品を破り、これも、見え隠れするように
無造作に積んでおく。
 やって来た画商(当時はカーンワイラーではない)は、この
無造作に?破られたドローイングを見過ごすはずもない。

「この絵は、いいじゃないか、なぜ?破り捨てるの?」
ピカソは、いかにも興味なさそうに、、、、そして、目を輝かせ
「次に描ける絵は、もっと良いもんなんだよ、」
当然、この画商はピカソに対して、今まで以上の興味と期待をした。

107さんの、”思い”に対して異論をとなえようとは
思いませんが、偉大な芸術家は(も)偉大な、ビジネスマンだ。
と言う側面もあり、、「個」で生きる作家、芸術家なら許されも
しましょうが、激しい思い込みだけで、理解を試みられるのも
いいのでしょうが、もう一歩、引いて見ると、別のピカソが、
発見できるかもよ。

114 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/18(月) 07:51
>113

たしかにそんなことがあったのかもしれませんが
(でも上のエピソードがそのままピカソが偉大なるビジネス
マンだという側面を証明するには至らない)もしピカソが
本当に商売だけを考えているのならなにもあんなに自己変遷
を繰り返したりはしないでしょう。今でもピカソの作品は
「青の時代」が一番高くてキュビズム以降は主幹となる作品
以外は意外に安いそうです。だったら存命中に成功をおさめて
のだから何も市場価値のわざわざ低い絵を書かないで誰でも
分かりやすい絵を書いていてもよかったのでは?。

確かに僕も偉大なビジネスマンであったことを否定するような
幼稚な思いこみでピカソを語っていることではないことを
申し上げておきます。ただしピカソの芸術性を語るときに
異常な女性遍歴をあげたり、ケチであったとかそういったことを
語ることはピカソの芸術に対してまったく関係のないことであり
単なるゴシップであったりピカソのカリスマ性を上げるだけの
代物でしかないことも申し上げておきます。

それから僕が激しい思い込みで書いているというのなら>113
もまた激しい思い込みで書いていると言うことにはならないですか?
大体別のピカソってのはどういうピカソなんでしょうか?。

のべつまくなし女性をとっかえひっかえビジネスに対して
シビアな小男が偉大な芸術家であるという、そんなこと
ピカソの芸術の前ではどうでもいいことでは?。
要は素晴らしい作品を残したかどうかと言うことだけでは?。

115 :113:2001/06/18(月) 09:56

>114

よけいなこと書いて
ごめんね。

116 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/18(月) 14:08
>115

単なる煽りかと思った。まさか謝ってくるとは思わなかった。
別にあやまんなくってもいいですよ。

117 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/18(月) 15:51
114さん。
美術史におけるピカソの偉大さは少し分かるような気がした。
私は美術に疎い者で、しかし、
ピカソの絵には何か感じるものがある人間だ。
特に『ドラ・マールの肖像』という作品には
色気と幸福と陶酔が燦然と輝いているような気がして好きだ。
だが、この絵の素晴らしさを
論理立てて言葉で表わすすべを知らない。
参考までに、114さんのような熱い人に
あの絵の魅力を語ってはもらえまいか。
絵画の感動を言葉に移す、
その不毛は承知だが、君のような人の言葉で聞いて
見たいという気がする。
暇だったらでいいのだが。
宜しく。

118 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/18(月) 22:14
>特に『ドラ・マールの肖像』という作品には
>色気と幸福と陶酔が燦然と輝いているような気がして好きだ。
>だが、この絵の素晴らしさを論理立てて言葉で表わすすべを知らない。

んー難しい要望ですねー。まあ僕なりに頑張って書いてみます。

確かに『ドラ・マールの肖像』という絵は117さんのおっしゃるように
素晴らしい絵ですね。僕も好きな絵です。でもこの絵でおもしろい事実が
わかります。それは117さんのおっしゃることと同じなんですが

1、女性だということがわかる。それも美しい女性
2、非常に聡明でなおかつ魅力的。セクシーなイメージ
3、非常に都会的で洗練された感じ

まあこの中には僕の思いこみ、印象がはいっているので
皆さんが全く同じ感想を抱くとは思えないんですが
(でも117さんは多分同じような人物イメージをもっている
ように思われる)でもそれって凄く面白いことだと思いませんか?。
なぜなら『ドラ・マールの肖像』に出てくるような人間は現実には
いないのに(いたら化け物)なぜかあの奇怪な画面を見て
「凄く魅力的な女性だな。」と思えることなんです。これは
なぜなんでしょうか?。ドラ・マールという人に対して
なにか予備知識があるわけでもない。ましてや知り合いでも
ない。それなのにドラ・マールという人に対していいイメー
ジを抱く。

人間がある人の評価をするときというのは断片的な情報を総合的に
判断して評価するということなんですね。つまりあの絵を実は全体
的な情報だけでみているのではなくて目をみたり、手をみたり、
髪をみたり、乳房を見たりしている。つまり部分を凝視してみると
これはけっこうまともに書かれているということがわかります。
それでその各部分のイメージからこのドラ・マールと言う人の印象が
出来あがります。それならピカソがイメージした印象と観客がほぼ
同じイメージを抱くことが出きるのなら何も写実的に描かなくても
いいはずです。結果的には同じですから。だったら思いっきりメチャ
クチャに構図を分解して各部分からくる印象と全体的なイメージに
ギャップがあった方がおもしろくありませんか?。なんだかピカソの
悪戯っぽい笑顔が見て取れるようです。まるで観客が「なんなんだ!
これは?!。」といってるのをニヤニヤ見ているようです。

まああくまでこれは僕の考え方です。そんな考え方は不純だ
という人がいてもおかしくないでしょう。まあ参考までに。

119 :117:2001/06/19(火) 00:27
丁寧なレスありがとうございます。
その答えには納得のいくものが多く、
たしかに、

>1、女性だということがわかる。それも美しい女性
>2、非常に聡明でなおかつ魅力的。セクシーなイメージ
>3、非常に都会的で洗練された感じ

これと同様の印象を私も受けた。
さらに、作者がとても彼女に魅力を感じているという視線も
幸福感の横溢した色彩の中に感ぜられる気がする。
だが、やはり引っ掛かる、と言うより素朴な疑問として
考えざるをえないのは、

「ピカソがイメージした印象と観客がほぼ同じイメージを抱くことが
出きるのなら、何も写実的に描かなくてもいいはずです。
だったら思いっきりメチャクチャに構図を分解して各部分からくる
印象と全体的なイメージにギャップがあった方がおもしろくありませんか?」

という部分。
面白い、と言うのは理解できなくも無いが、
たとえば表現効果の問題として、
ストレートにこの幸福感を描くことを拒否し、
現・ドラ・マールのように、解体され再構築された
一種不条理な絵画として描いたことに、ピカソは
一体何の意味を見出していたか、
ということである。
「意味なんかない」
というのが答えのような気もしなくはないが、
単に客の様子を見て笑う戯れだけが目的ではあるまい。
手法の違いだけでは「結果は同じではない」ような気がする。
ピカソはきっと何らかの戦略、或いは独自の感性で
現行の手段を選択したのではないか。
ドラ・マールでなくとも、
泣く女にしろ膝を抱えた鋭い目付きの女の絵にも
同様のものを感じる。
彼がこうした手法を選択したのは、
なぜなのだろう?

120 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/19(火) 07:19
>彼がこうした手法を選択したのは、
>なぜなのだろう?

それはまったく素朴に考えて画家として、ひとりの
芸術家として新しい表現を確立したい人がやらないこと
をやりたいという表現欲から来ていると思います。
要するにドラ・マールをキュビズム風に書きたかっただけ
ということだけではないでしょうか?。「ドラ・マールの
肖像」については写実的な作品もあるようですから。

ただこんなことを書いていてもピカソにとってキュビズム風
に書くのも写実的にかくことも大した違いはなかったと思います。
でなければキュビズム時代の後にくる「新古典時代」の説明が
つきません。ピカソにとってはもしかするとどんな風に表現
するかなんてことは単に筆のふるえの違いでしかったんじゃない
でしょうか?。

どうもこういう表現をするとなにかピカソはものすごく深遠で
僕達の理解が及びもつかないような思考をめぐらし絵を書いていた
ように考えられますが、実際ピカソというひとはまったく感覚的な人で
その手の技術論的な話をするのは滅多になかったようです。岡本太郎
がその手の話をしようとすると見事なくらい鮮やかに話しをそらされて
しまうと書いています。それはキュビズムのような主知的な画法と
されるものでも同様であったようです。ということはおそらく
ピカソになぜこんな風に書いたのかと質問をしたとこで「書きた
かったからさ。」とはぐらかされてしまうように思います。

考える前に感じろということなんでしょう。

121 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/19(火) 08:10
上記に対して補足します。

おそらくピカソはドラ・マールのいくつかの肖像を書いていますが
これはおそらくドラ・マールを着せ替え人形のように(現代的には
コスプレかw)様々な画法で描きたかったということなんでしょう。
写実的には古風で静謐な感じを醸し出して、キュビズム風には活動
的で洗練された感じを出したかったということなんでしょう。
おそらくそこに深い意味はなく本当にコスプレ的というかドラ・マール
を愛しているがゆえに書いたとしか感じられません。

どうでしょう?。

122 :117:2001/06/19(火) 11:41
納得いたしました。
確かに他の、目論見が先立って目に飛び込むような
作品群に比して、”愛情”というものが技術を超えて
迸っている感がある。個人的にそこに感応する。
確かに表現の動機とは、複雑に見えてそのじつ単純なもの
なのかもしれない。
丁寧なレスありがとうございました。

123 :イギー:2001/06/20(水) 12:41
金持ちのバカと国が価値を上げすぎている。
みんなが思ってるほどたいしたことないって。

124 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/20(水) 12:57
>123

はいはいそうね。

125 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/20(水) 21:42
金持ちも国も、あなたにバカと言われるほど
バカとも思えないが。
あなたが思ってるほど、
あなたは”りこう”でもないよ。

126 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/20(水) 22:06
>125

はいはいそうね。

127 ::2001/06/21(木) 11:21
天才かどうかは、生涯エネルギーの総量で決まるようなとこがあるので、
ピカソはその点で天才ですね。
人の出来ないようなほど絵を描いて、スタイルを作った。
ひとつひとつの質はともかくとしてもです。
「天才とは多作であることだ」というのも、単にそういうこと。

128 :太郎:2001/06/21(木) 14:00
なるほど。

いっぱい絵描けばそれなりに上達するからね。
「天才とは多作であることだ」

まんざら嘘でも無いね。

129 : :2001/06/22(金) 00:16
名前が凄い

130 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/22(金) 01:30
このドテカボチャ

131 :名無しの笛の踊り:2001/06/22(金) 11:36
そのドテカボチャってのもすごいな(藁)

132 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/22(金) 11:48
ttttttttttt

133 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/22(金) 12:19


134 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/22(金) 17:32
人は何故量に圧倒されるのだ。
本当の感動は質にしかもたらされないと思うが。
確かにピカソのように生産し続けるのは
怪物のようなエネルギーがなければ不可能だろう。
では、天才とは怪物とイコールなのか?
自分は違うと思う。
少なくとも=ではなく≧だ。
量を過大評価するのはな。。

135 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/22(金) 18:27
質と量はどっちが大事というものではなく どちらも大事だろう
寡作なアーチストでもすばらしい評価が得られるのは、それが
むしろ例外的だからで、いっぱんに絵画芸術において寡作で
ありすぎることはマイナスだろう

> 本当の感動は質にしかもたらされないと思うが

これは言い過ぎ
感動は量や継続によってもたらされることもある。
質による感動と明確には分離できないし、優劣も無い

136 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/25(月) 17:58
ピカソのフルネーム教えて、
あのジュゲムジュゲムみたいなの、

137 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/25(月) 18:32
 ヨハネス・クリソトムス・ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト
      ↑
   これはモーツアルト

138 :たか:2001/06/29(金) 06:54
色々読ましてもらいました
ぼくはピカソの絵は好きではありません
がこれだけ評価されてるのはなぜだろう?
という興味はあります、そしてピカソに感じられる
人がうらやましいです、ピカソが僕の大好きなチョコレイトだったら
おいしさをしらずに食べる事もせず死ぬのだから

139 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/29(金) 08:18
岡本太郎の「青春ピカソ」を読んでみましょう。そうすると
何気に分かるかも。というより>138さんはこんなスレ
に書きこむぐらいだからものすごく興味がある、というより
もう無意識的には理解しているんだと思う。嫌いだとは
いっているけど。おそらくピカソの絵が持つものすごい
「押し付けがましさ」に反発をかんじるんじゃないかな?。
だから嫌いなのかな?。

不思議なもので僕の知り合いのジャズ・ミュージシャンの
殆どがピカソ好きが多いです。なぜかジャズとピカソの
表現には似通ったものがあるよう気がします。
その中の一人で今まで絵を見にいったことがないという
ピアニストがいたんですけど彼を去年か一昨年にやった
ピカソ展に連れていったらすごく感動して「これは
ジャズだね。」と名言をはきました。ぜんぜん絵の
素養のある人ではなかったのですが。それからの彼は
時間を見つけては美術館に足繁く通っているようです。

どちらにしても>138さんはそこまで興味があるのなら
もう少しピカソの絵に接することが出来たなら大好きに
なるタイプのような気がします。

140 :its:2001/06/29(金) 08:29
>>139
面白い意見ですね。
ピカソの多作癖=即興性は、ジャズのインプロヴィゼーション
にも通じるところがあるのでしょうか。
確かピカソは
「私は小鳥が囀るように絵を描く」といったような記憶があるの
ですが、彼の自然体(を装った)姿勢に共感されたのでしょうか。

141 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/29(金) 09:35
its さんは管理人ですか。なんだか指導教員みたい。

142 :its:2001/06/29(金) 10:27
>>141
単なる暇人です。言い方偉そうだったらごめん。

143 :139:2001/06/29(金) 11:26
いや別に偉そうではないよ。

144 :たか:2001/06/30(土) 02:27
>>139さん
ジャズも良く解らないです
分かりやすいカンディンスキーとかなら
おんがくが伝わってくるのですが
僕の感性だと、、
嫌いではないですよ、解んないだけです
も少し接してみますね!

145 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/30(土) 04:01
>>144
キュビスム以前やいわゆる新古典主義期の絵なんかもだめですか?
後者はシカゴ美術館の「母子像」とか。

カンディンスキーはあなたの言葉を聞いたらよろこぶでしょう。
「音楽のような絵」が彼の無対象絵画の目標のひとつでしたから。

146 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/30(土) 04:12
たか さん、レスついてよかったね。

147 :2割5分:2001/06/30(土) 06:54
絵って解る解らないなのか?
右脳だっけ? そちらで鑑賞したら?
心の琴線に触れるかどうかだと思うけど、だから音楽に通じるんじゃないか。

148 :太郎:2001/06/30(土) 12:51
>>140
「私は小鳥が囀るように絵を描く」と言ったのはモネでは?
モネの画集に書いてありますよ。

149 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/30(土) 13:47
ヘンリー・ミラーの小説って絵画的だよな

150 :its:2001/06/30(土) 16:07
>>148
うろ覚えだったのですいません。
こっちが正しいのかな

「私は他の人々が自伝を書くように絵を描く。私の画布は・・・私の日記の1ページであり、
その限りにおいて意味があるのだ。」

もう一つピカソの言葉・・・

「絵は、あらかじめ構想されても固定されてもいない。
それは制作の過程で、画家の思考の変化に添って変貌するものなのだ。
そして完成した後も、それを見る人の精神状態によってなお変わり続ける。
一枚の絵は生き物のように自らの生を生き、毎日の生活で私たちが
味わう変化をも経験するのだ。それは、絵画作品が見る人によって
初めて生命を与えられるのだから、当然のことだろう。」

鑑賞という行為さえピカソにおいては自明だったのだろうか。

さらにもう一つ「ゲルニカ」についての言葉・・・

「ゲルニカ」(部分)
http://sunsite.sut.ac.jp/cgfa/picasso/p-picasso23.htm

「だが、この牝牛は牝牛、この馬は馬だ。鶏だか鳩だか、鳥のようなものもいる。
私はテーブルの上に何があったか記憶していない。そしてこの鶏は鶏だ。
確かに、それらはシンボルだ。でもシンボルを創造するのが画家の仕事ではない。
そうでなければ画家はそれらを描く代わりに多くの言葉で書けばよいことになるだろう。
絵を見る人たちは、馬や牝牛に、彼らが理解するままに解釈するシンボルを認めている。
いくつかの動物がいる。これらは動物だが、虐殺された動物だ。
それがすべてだ、私に関す限りは。
鑑賞者は結局見たいように見ればよいのだ。」

絵画の「視覚性」に非常に自覚的だった画家だということがわかります。

151 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/30(土) 21:28
例えば、まったく同じものを描いたとしても、ピカソが描けば芸術になって、
素人が描けば落書きと見られることはありますか。

152 :ナナシノ:2001/06/30(土) 23:35
>>151
ある。いかなる事態もありえる。場合によってはピカソの方が落書き扱いされる
可能性すらある。結局、151的問いの周囲を堂々めぐりせざるを得ないってのが
「現代美術」のひとつの特徴だと思う。シミュレーショニズム華やかなりし頃、マイ
ク・ビドロが「これはピカソではない」というタイトルで、ピカソ作品の「模写」を発
表してましたね。

153 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/30(土) 23:49
シェリー レビン、はどうなのかなあー?

154 :たか:2001/07/01(日) 00:19
>>145
今日本屋で立ち読みして来たのですが
母子像って母の肖像ですか?14さいの頃書いた、、、
本屋でしか見る事を知らないのですみませんが、、、
でも観ている内になんかマ、ジョリとか泣く女とかブラック〜
とか、、なんか音楽というかリズムは感じました

ほんとうは解りたいのでは無くて
感じたいのですが、見た目解らないのって
理解しようとしたいじゃ無いですか!
そんな感じです、
抽象的ですみません。

155 :太郎:2001/07/01(日) 00:50
画集見たり、展覧会に足を運んだりして努力すれば分かるようになるよ。多分。

156 :たか:2001/07/01(日) 01:01
>>太郎
それはそうですが
そこまでの過程って楽しいじゃないですか!

157 :ピカツ:2001/07/01(日) 13:38
娘(5才)「おかぁさん、私の絵飾ってもいいよ。私のは色も
ついてるしね。」
 ある時、部屋中にピカソの単色リトグラフを飾ってた時に言
われました。子供は正直だぁね。
バルセロナ大学で哲学を学んでる為か?難解かもしれないが、
飾って長く楽しめる絵じゃないかな。見る側が気持ちの遊びが
出来ます。

158 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/02(月) 16:26
>154

>ほんとうは解りたいのでは無くて
>感じたいのですが、見た目解らないのって
>理解しようとしたいじゃ無いですか!

おそらく充分判っていると思われ。だってマ・ジョリに
リズムを感じたなんてなかなかはけませんよ。
おそらくもっと突っ込んだ意味を知りたいってことなんだと
思いますが>150さんのところでもピカソ自身「私に関す限りは
鑑賞者は結局見たいように見ればよいのだ」ともいってるじゃないですか。

おそらく>154さんは充分過ぎるほどピカソを理解していて
心の中ではピカソに対する共感でいっぱいなんですよ。
だからもっと知りたいしピカソの絵にひかれるんですよ。

もしそう言った意味でピカソの意義を知りたいのであれば
20世紀初頭の社会背景なんかを調べてみてはいかがですか?。
強力に面白いですよ。確かキュビズムが始まったのが1906年
頃でそのころ音楽界でもシェーンベルクが無調を始めているし
(多少年号は前後しているが)、共産主義なんて考えかたが
出始めていますね。全てのことをいっしょくたにするのは乱暴だと
思いますがどこかに時代的な気分というか雰囲気があったように
思います。世紀末が終わって新時代を迎える新鮮な雰囲気ってこ
とでしょうか?。そんなことを考えながら見ていけばまたそれは
それで面白いと思いますよ。

それからとりあえず言っておくけどあくまでこれは僕個人的な見方
と言うか考えであるから、それに普遍性があってそうでなければ
いけないということでは決してないから、へんな煽りはやめてね。
せっかくマターリとした良いスレに成長したのに壊したくないから。

こんなこというとかえって逆効果か?。

159 :たか:2001/07/03(火) 04:01
>>158さん
あなたは僕より
知識が有って良く解ってると思います
そしてあなたに優しさを感じます
素敵な人だと思います
だからもすこしピカソに
接したいとも思います、素直に
有難うございます
僕みたいなひとを
もっと導いて下さい
ぜえんぜん逆効果じゃないです
あなたの心が素敵です
ちょっと酔ってるのですみません!!
くさ
かったら!!

160 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/03(火) 04:46
ピカソは別にたいしてすごくないんですよ。
だから、たかさんのいうことはもっともです。
ピカソは若いころのだけが良いのでは?
ある意味すごい才能だとは思うけど。
{アーティストとはなにか?」という問いに影響力を及ぼしたと思うけど。
作品はたいしたことない。
モダンの犠牲者なのでは?

161 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/03(火) 08:59
私は絵画の素養はないし、あまり詳しくはないんだけど、、、
学生の頃はピカソの青の時代の絵が好きでした。
その後、興味があったので画集を買って
茶色と黒で一面を覆い、暗号のようなものだけが書いてある絵を見た時、
なんてつまらない、美しいものとはおよそ対極な絵を描く人なの!?
・・・とショックを受けてその後ピカソに興味を持たなくなり数年後、

コートダジュールへ旅行に出かけた際に立ち寄ったピカソ美術館で
晩年のピカソの作品と出会いました。
絵よりも陶器や彫刻が多かったのですが
一つ一つの作品に触れるうちに、うきうきしてきて
なぜか笑顔がこぼれて、最後にはスキップしてしまいたいような
不思議な体験をして、絵でこんな気持ちになるのー!?と
また新しいショックを受けました。

それ以来ピカソに対する認識が変わり、晩年のピカソが大好きです。
一番、理解できなかったピカソが今では大好きです。
「夢」を毎日眺めながら、ドラマールも飾っています。

162 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/03(火) 19:40
>161

んーいいですねー。御意にございます。多分学生の頃に
すでに理解は出来ていたんだと思いますよ。ただ経験が
なかっただけで。だから共感するにはそれなりの年月が
必要だったということでしょう。

ピカソの晩年は完全に方法論が消化されきって、キュビズム
の頃は方法論が目的化していたように思うのですがそういったもの
に惑わされなくなったということでしょうか。だからどんなに
デフォルメされた絵でもなにかを感ずることは出来るということ
ですね。

>茶色と黒で一面を覆い、暗号のようなものだけが書いてある絵を見た時、
>なんてつまらない、美しいものとはおよそ対極な絵を描く人なの!?

これはおそらく161さんが絵というものに対してロマンティック
なものを持っていたということなんでしょう。おそらくそんな即物
的なこというなよってことだったのでしょう。ピカソはそういう
ロマンティシズムとは縁の無い人なのではないかと思ったのでは?。
でも晩年のピカソにその要素を発見した。それもかなり形の変わった
方法で。だから大好きになったんでしょう。

でも僕の意見ではピカソのキュビズムの頃はそういったロマンテ
ィシズムを否定したように一見見えますが、実はその奥の方では
ピカソはものすごいロマンティストだったように思います。
だからあそこまで徹底的に解体できたんだと思います。

僕は晩年も好きですが、分析的キュビズムといわれるキュビズム
の初期も大好きです。一見徹底的にロマンティシズムを排除
したように見える画面ですが、熱い思いが冷めた画面から伝わって
くるからです。要するにロマンティシズムが無いのではなくて
隠しているということなんです。まあ晩年に比べるとどうしても
青臭いところがありますけど、それも若さならではということで
お許し下さい。

でもまったりとした良いスレになりましたなあ。

163 :its:2001/07/03(火) 20:53
グラン・パレのピカソのポートレイト展のこと思い出した。
あの中で、オルガやマリー・テレーズなどの肖像がたくさん
あったんだけど、なんというかピカソの愛情があふれているようで
涙が出てきた。特に写実的なオルガの肖像が好き。
ピカソがロマンティストというのはまったく同意。
単なる女たらしという意見もあるんだろうけど、ピカソはとにかく
人が好きで好きでたまらなかったんだろと思う。
青の時代から一貫して。
「ゲルニカ」制作の動機も、政治的なことよりも人間に対する
深い深い愛情にあると思いたい。

164 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/04(水) 08:54
>163

まったく同意です。特に晩年はピカソの私的生活を題材にしているもの
が多く、いかに家族思いであったか子供思いであったかが偲ばれます。

165 :161:2001/07/04(水) 09:29
162>>さん、お返事ありがとうございます。

そうですか。共感するのに年月が必要だったのですね。
「ピカソに興味を無くした」はちょっと言い過ぎで
そのとき、その「ロマンチズム」の対極を描けるという事は
それをよく理解している人なんでしょうね。。。と頭で考えたのですが
私には理解不能。。。としてピカソとの対話を放り投げちゃったんです。

私にとって絵はただの絵であって、心地よさをもたらすものとして
ちょっと自己中心的な見方をしていたかもしれません。
一枚の絵との出逢いも人との関わりと同じなんですね。
162さんのレスを読んで、また新しい気づきが得られました(^^)

キュビズムの作品にももう少し興味を持って鑑賞してみますね。
第一印象で判断してはもったいない気がしてきました。
これも人との関わりと同じですね(^^)

>>itsさん、はじめまして。

時を越えて人の心に触れ、涙が溢れるなんてすばらしいですね。
私も、そんな豊かな体験をしてみたいです。
人が好きでたまらないってわかります。
私はそんなピカソがかわいくっていとおしくて笑顔がこぼれてくるようです。
「ゲルニカ」への理解はまだ私にとっては難しいものなのですが
鑑賞できるきかいがあったら、itsさんの書き込みを思い出して
今までより寛容な気持ちで作品に触れられそうです。

166 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/04(水) 17:51
こんにちは>165さん。

>私にとって絵はただの絵であって、心地よさをもたらすものとして
>ちょっと自己中心的な見方をしていたかもしれません。
>一枚の絵との出逢いも人との関わりと同じなんですね。
>162さんのレスを読んで、また新しい気づきが得られました(^^)

絵も人と同じですよ。一見とっつき辛い人に付き合ってみると
意外に味のある人物であるということを確認できたりなんてこと
がありますが、あれと同じです。僕は実はモンドリアンなんて
画家が好きだったりするんですが、最初はやっぱりわかんないと
いうか納得できなかったんですけど、彼の言いたい事がなんんとなく
判って来る様になると、あんな縦線、横線しかない絵でも、好きに
なってくるんですね。モンドリアンで最も好きな絵は林檎の木
をどんどん分解していくやつがあるのですがあれがスリリングと
いうか、具象絵画から抽象絵画に移っていく過程を見ているようで
たまりません。ピカソは一生涯、具象絵画にこだわった訳ですが
それさえも捨て去ったモンドリアンはなにを考えていたのかが
興味があります。非常に単純な絵なのに極上の楽しみを与えて
くれる。そんな感じです。モンドリアンもアメリカに渡ってからは
かなり楽しい絵を書いています。>165さんぐらい鑑識眼を
お持ちならきっと楽しんでいただけると思います。というより
もう好きだったりして(笑)。

167 :続く:2001/07/04(水) 18:16
>「ゲルニカ」への理解はまだ私にとっては難しいものなのですが
>鑑賞できるきかいがあったら、itsさんの書き込みを思い出して
>今までより寛容な気持ちで作品に触れられそうです。

ゲルニカですか。これはピカソの作品のなかでも最高傑作だ
と言われる事の多い作品ですが、僕なりの考えを参考までに
書いてみます。

確かこの頃のピカソは手元に資料がないのでいつ頃作られたかが
判らないのでうろ覚えですが、確かピカソの創作活動の中でも
比較的写実的な時期の作品だったと思います。それなのになぜ
あんな風にキュビズム的に書いたかと言う事なんですが、それは
多分あのての流血して惨たらしい状況を書くと、痛ましさが先に
たって、本当にピカソが言いたかった事が判らないと、ピカソ自身
思ったんじゃないですかね?。つまり物事の真実に迫ろうとする時
写実的に書いてしまうと、その絵の表面的な美しさやショックに
惑わされることがあるんではないかと思うんです。このスレの
ドラ・マールのあたりでもいってましたが、キュビズムであれば
こそ、ドラ・マールの別の面が描き出せていたのではないかと
思います。

つまりピカソが「ゲルニカ」でいいたかったことは戦争の残酷さ
、無意味さをなによりも言いたかったためあえてキュビズム風に
書いたのではないでしょうか。そしてそのピカソの目論見は成功
しているように思います。画面から漂ってくる惨たらしさより、
ピカソのメッセージが出てきているように思います。ここら辺の
意見はまったく>163さんと同意です。

でもある意味この絵はピカソの作品のなかでは異質なほうですね。
このようなメッセージ性をもったということで。良いか悪いか
は別として。

168 :its:2001/07/04(水) 23:12
>>161さんレスありがとう。
僕が見た作品はたぶん1920年のころの作品だったと思います。
キュビスム時代の作品が並んでいる中で、ぽつんと置かれていた
オルガの写実的な肖像に、彼女を美しく描いてあげたいという
ピカソの強烈な愛情を見たように感じたのでした。そこで思わず
ホロリと(もちろん心の中で)。

>>167さん。
「ゲルニカ」の解釈まったく同意です。
付け足しのようですが、「ゲルニカ」がピカソの最高傑作として
紹介されたのは、1939-40年にNYで開催された展覧会だそうです。
反ファシズム、反戦の時代。いかにも時代を感じさせます。作品の
解釈が時代と結びついた顕著な例だと思います。

169 :161:2001/07/05(木) 09:25
>>167さん、こんにちは。
「モンドリアン」の絵を検索してみました。ピカソのキュビズムの作品を
理解できる手がかりができたようです。
色の少ない、「立体派」?の絵なのになんだか好きと思えました「木々のある風景」。
アメリカでの作品「ブロードウェー=ブギ=ウギ」は明るいだけじゃなくてこれも不思議。。。
直線なのに、曲線の優しさを感じるし、、、なんだろう
普段目に見える世界は、実は光がゆれてるだけなんだって感じたのかしら。
うふふ♪ スキップというより自由なリズムを感じます。気に入りました☆

この方はピカソに会うためにパリへ向かったのだそうですね。
ピカソを理解するためには、同じ時期に影響を受けあった作家の作品を
みるのもよいのですね。

「ゲルニカ」に対してですがやはりあの絵はその時代背景を頭において
置くことが重要なんですね。

あと、気づいたのはお二人ともおっしゃっている、
描き方の変化にも目を向けてその作者の心の変化を感じること。
これらは基本なんでしょうけれど、ただ一枚の絵を見て
「好き」「嫌い」といっていた私にはお勉強になります。

170 :167:2001/07/05(木) 10:06
>169さん、お待ちしておりました。

>アメリカでの作品「ブロードウェー=ブギ=ウギ」
>は明るいだけじゃなくてこれも不思議。。。

多分気に入っていただけるんじゃないかと思っておりました。
でも不思議ですね。モンドリアンの絵は完全に抽象作品なのに
>169さんはスキップというより自由なリズムを感じるわけです。
>169さんはもう完全に現代美術を理解しておられます。
ちゃんとした審美眼をお持ちです。自信を持ってください。

>これらは基本なんでしょうけれど、ただ一枚の絵を見て
>「好き」「嫌い」といっていた私にはお勉強になります。

僕は一枚の絵を見て好き嫌いってのはあまりないんですね。
ピカソが好きなら全部好きなんです。でもキュビズム以前は
余り好きじゃないかなw。その人全部が好きになっちゃうと
いうかんじです。だからカンディンスキーやミロはあんまり
好きじゃないな。なんか生理的にダメって感じです。クレー
なんかも好きですね。>169さんにも気に入ってもらえ
そうです。

おっとピカソのスレだったw。

171 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/05(木) 12:28
>>170さん、こんにちは。

>169さんはもう完全に現代美術を理解しておられます。

なんだか、心地よい不協和音や自由なリズムを感じる、
そんなちょっと変な感覚でした。これでいいんでしょうか?
実物と対面してみたいですねぇ。

私は本当に芸術には疎いんですが、
パウルクレーは好感の持てる作家ですね、そして
確かにミロは私もなぜだか興味がわかないのです。。
また年を取ったら変わるのでしょうね。

172 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 00:42
大学の週間美術館作ってる先生が、ピカソの偉大なところは
「こんな絵ならわたしでも描ける」とみんなに思わせたところ
だと思うと言って笑ってました。

「ピカソもウォーホルもほんとに良い作品は数少ない。
みんなにはそれを見分ける力をつけて欲しい。」っていってました。

私自身は力不足でよくわからん!

173 :its:2001/07/08(日) 01:18
>>169
>あと、気づいたのはお二人ともおっしゃっている、
>描き方の変化にも目を向けてその作者の心の変化を感じること。
>これらは基本なんでしょうけれど、ただ一枚の絵を見て
>「好き」「嫌い」といっていた私にはお勉強になります。

でも、日本の展覧会だと、名品展とかで1点だけぽつんと置かれてる場合が
多いですよね。だから作者の心の変化を感じるのって、大きな個展を見るか
画集などで補わないと難しい。
たまたま安田火災の「色彩の歓び」展にも青の時代の作品がありましたが、
あれだけでピカソについて感じるのってよっぽどの人でないと無理です><

>>171
クレーでしたら、「色彩の歓び」展是非行ってみてください。
5点くらいあったと思います。どれもいい作品でした。
(ちなみにこの展覧会、フォーヴィスムと表現主義がすごく充実してました。
僕はクレーとノルデの水彩画にうたれた)

ああ、ピカソスレなのに。。。

174 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 01:27
クレーの水彩画はすばらしいの一言に尽きます。

175 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 01:31
ピカソもウォーホルもホントにすばらしい
誰もが知っている

複製などを適当な部屋にも飾れる
インテリア絵画として良く機能する
ルネッサンスやバロックなどの絵画が好きで
複製を購入し部屋に飾ると、1人で過ごすときには
良いかもしれない。
でもあなたが外交的でいろんな人を家に招いたときに
話題にされる確率でいうと雲泥の差がある

そして(これは本当にそうなんだけど)部屋でなごんで
もらうための1要素となりうる確率も高い。
ピカソやウォーホルなら各種の世代の各種の人種、
背景の違う人にネタ振りできる要素がある。

という総合的な役目を含めてピカソもウォーホルも
ホントにすばらしい

176 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 01:32
クレーの展覧会行って感動したな・・・
いつだったかな
庭園美術館だったかな?

177 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 01:46
ゲルニカを最近みに行きましたが

とにかく大きいのです
巨大な空間と呼ぶべきなのかもしれない
普通ならサイズの大きな絵はどこか気の抜けた部分、間ができるのですが
画面の隅まで緊張感が張り詰めているのは驚きでした

絵の主題そのものや、描かれたモチーフの悲惨さもあるのでしょうが
絵として、どうして力があるかと考えると
やはり、ピカソの天才的な構成力のにあると思います
それぞれの配置に隙がなく、動かしがたいのです
圧倒的な絵という事に尽きると思います

良いと言われるものは良いのです(笑
観客がみな息をとめるのをみるのも面白いものです

キュビズムについてですが
やはり、キュビズムに対しての理解は、ピカソがさかんにキュビズムを
描いていた時にはあまり理解されず、そのうちにキュビズムを封印していました

「ゲルニカ」を描く時にを解いたのですが
キュビズム以外の手法で描かれた「ゲルニカ」を想像する事が
私にはできません。

178 :空耳:2001/07/08(日) 18:30
関係無くて悪いんだけど、私も色彩の喜び行ってきたよ。
クレー一番よかった。
印象派はいいものがきていませんでしたね。
ピカソは良かった。
フォーヴィズムについて少し理解したような気がする。
マティスはよく分かりませんでしたが、
ブラックなどが特別気に入りました。
ミロの絵も良かった。
カンデインスキーの心の動きはちょっとだけ分かるかな?
エルンストなんかも来ていましたね。

179 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 21:38
なんかピカソ好きにはクレー好きが多いのだろうか?。
なんか似た所があるというか、何気に現代絵画という
ともすれば難解と思われる所にあって親しみやすいと
いうかリラックスしたようなところがあるから好かれ
るんだろうな。でもクレー自身はあのバウハウスの教授
ということもあってかなり絵画理論なんかに精通していた
とおもうんだけど、実際書いている絵なんかともすれば
カワイイとまでおもえるのがあるものな。要するに熱い
んだろうな。

>色彩の喜び

結構行ってるな。僕もいったけど個人収蔵のものだから
どうかとおもったけど(もちろん好みに偏向はあるが)
けっこういいものが集まったよね。収蔵家はなかなか
金の使い方を分かっているというか、いいセンスして
いるね。印象派の有名画家のどうでもいいい習作一枚
買ってくるより、この辺のピカソ以降の作家のいい作品
2、3枚買ってくるほうが賢いよね。感動に差はないん
だから。

180 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 21:57
>177

>良いと言われるものは良いのです(笑
>観客がみな息をとめるのをみるのも面白いものです

結果的にそうであるということはあるが僕は作品の
良し悪しを決めるのは自分だと思うから、ちょっと素直には
同意にはならないな。現にピカソが一番評価される時期は
現在でもキュビズム以前ということになっているが,僕は
どうもピカソ前という感じがしてあまり重要とは思えないな。
人がどう思うかより自分がどう思うかじゃない?。

>キュビズムについてですが
>やはり、キュビズムに対しての理解は、ピカソがさかんに」
>キュビズムを描いていた時にはあまり理解されず、そのうち
>にキュビズムを封印していました

これは正確じゃないな。キュビズム風に描く事はけして止めて
いなかったよ。ただしこの頃のピカソの興味が分解、再構築
ってことではなくて、キュビズムみたいな主知的な画法を
通った自分が伝統的な具象絵画を書いたら何か新しい発見が
あるかどうか、キュビズムで得た「何を書いてもいいんだ」
という発見を具象絵画にフィードバックさせたってことでは
ないかな。この頃は「新古典主義」っていわれるけどもしか
すると商売ってことで理解しやすい絵ということもあるかも
しれない。でもそれが全てではないと思う。やっぱりピカソ
を理解しない人には相変わらず下手糞だと思われていたよう
だし。

181 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 22:15
>172

>大学の週間美術館作ってる先生が、ピカソの偉大なところは
>「こんな絵ならわたしでも描ける」とみんなに思わせたところ
>だと思うと言って笑ってました。

これはまったく御意。僕もそう思うし岡本太郎
もそう思っている。

>「ピカソもウォーホルもほんとに良い作品は数少ない。
>みんなにはそれを見分ける力をつけて欲しい。」っていってました。

言葉は悪いけど所詮、教授や評論家の類はそんなもの。
絵に良い悪いなんて存在しない。好きか嫌いかそれだけ。

182 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 23:06
>>181
この人この板にずっといるけど、迷惑だよな。
わかってるよ、この一件の犯人だってこと。
バカはロムってればいいんだって。
変に発言しようとするから鉄拳くらって壊れるんだよ。

183 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/08(日) 23:22
何の事いってるんだ? マターリとした スレの流れを壊す お前の方が迷惑

184 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 00:53
私は分析的キュビスム期に興味があります。
ルネサンスからの遠近法ではなく、独自の三次元を二次元に解体する手法で
描いたところがいいですよね。
「絵画の還元不可能な要素である平面」に新しい試みを挑んだ人って言うのかな?

185 :太郎:2001/07/09(月) 02:46
>>183
マターリしすぎるのも閉鎖的でどうかと思いますぜ?
>>180
ただしこの頃のピカソの興味が分解、再構築
ってことではなくて、キュビズムみたいな主知的な画法を
通った自分が伝統的な具象絵画を書いたら何か新しい発見が
あるかどうか、キュビズムで得た「何を書いてもいいんだ」
という発見を具象絵画にフィードバックさせたってことでは
ないかな。

全く同意です。
ピカソが人の顔色を伺って画風を変える方がむしろ不自然に思われ。

186 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 15:18
まあ適当に煽りが入ったほうが緊張感があっていいかw。

187 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 23:38
>>185
ますぜ?
お前はギャラリーフェイクの藤田か?!
ご希望通り煽りを入れて差し上げました(ワラ

188 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/09(月) 23:46
しぶといのが特徴

189 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/10(火) 02:10
ピカソ。

190 :太郎:2001/07/10(火) 02:25
>>187
ばれたか。藤田です。
ちなみに俺は煽れとは言って無い。
死ね。

191 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/10(火) 04:28
結局煽りが出たら荒れるんじゃん
俺は183だが 皆さん それで本望?
ピカソスレならピカソスレらしく話をすすめるのが筋じゃない?
マターリをどう解釈するかは人によるが 少なくとも185までのスレの流れの方が
俺には健全に見えるよ
所詮不特定多数の人間が書き込む掲示板だから
一個人の見解として受け止めてくだされ......

192 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/10(火) 04:45
緊張感が合っていいという意見もあるが
普通はスレの趣旨に即して 自分の意見や反論をしていけばいいことだし
個々人の意見のやり取りの中から生まれる緊張感のほうが見ていて気持ちいい
煽りなどまったく必要ない
煽りによって生じる抑圧は 真面目に書き込んだ人の意見を抹殺するだけであって
それは緊張感などとは無縁のものだ
荒らしは所詮自分の意見を持っていない人であり
そんな奴は書き込まずにROMに徹していればよい
少なくとも俺はそう思うのだが
関係ない話題で申し訳ない ピカソの話題続けてください........
 

193 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/10(火) 13:26
なんかドキュメンタリー映画、レーザーディスクで持ってたな。。
かなり昔の話だけど
当時の女にレーザーディスクプレーヤごと取られたけど
いまでもあるのかな? VHSやDVDで

194 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/10(火) 13:44
>193

たしか伝記物があったよね。木場の現代美術館に
あったとおもうな。

195 :太郎:2001/07/10(火) 15:50
ウォーホルは一枚の絵が分かれば他の絵全部理解出来るような所あるけどピカソはバリーエーションが一杯あって画集開くたびに何か発見があるようで楽しい。
分かりにくいというのも絵画に於いての魅力の一つだね。
誰か言ってたけど理解するまでの過程って楽しいし見ごたえあるし。
ピカソはキュビズムという一見滅茶苦茶に見える絵を描いた訳だけど構図、構成等を見るとちゃんと過去の作品を剽窃してる事が良く分かる。
>>185は違った意見を持つ人が書き込んでもいいんじゃないの、と言ったまでで煽れとは言って無い。

196 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/10(火) 17:46
>ピカソはキュビズムという一見滅茶苦茶に見える絵を描いた
>訳だけど構図、構成等を見るとちゃんと過去の作品を剽窃
>してる事が良く分かる。

ピカソがあれだけ表現できたのはいい意味で他のものから
いろんな要素を抽出して自己消化できたからだよね。
でもそれが出来たのはひとえに量が膨大だったからという
こともいえるな。とにかくやってみるって前向きな姿勢
からきているということだよな。

なにか表現ということをしているひとにとってピカソの
その姿勢はまったく驚異的というしかない。本当に
うらやましい限り。大体どんな表現者でも煮詰まりと
いうものがあってしかりなのに、ピカソにはそれを振り
切ってしまうようにとにかく前に進んでしまう。まったく
驚異に値する。

これは僕の意見だけどピカソとブラックは「分析的キュビズム」
の頃はまるで一卵性双生児みたいだったけど、ブラックは
結局そこから抜けられなかった。ピカソにとってはあくまで
単なる経過地点に過ぎなかったわけだけど、ブラックにとって
は「絵なんて結局、点と線の集合体でしかない」といった時点
で終わっちゃった。ブラックのデッサン力はものすごく洗練
されたものがあったから結局その最終地点としてキュビズムが
くるのは理解できる。だけどピカソはそれだけでは清算でき
ない「何か」があったと思う。おそらくそれは「ロマンティ
シズム」だったんではないかと僕は思うのだけど、ブラック
のほうがよほど即物主義者ではなかったかと思う。

197 :太郎:2001/07/10(火) 20:09
当たり前だけどやっぱ過去の人達が積み重ねて来た物って偉大だと思う。
逆に剽窃の無い作品は駄目なんじゃん?と個人的に思います。

>ピカソはそれだけでは清算でき
>ない「何か」があったと思う。おそらくそれは「ロマンティ
>シズム」だったんではないかと僕は思うのだけど、

自分の趣味嗜好を押し出した画家って何時の時代にも新鮮に受けいれられる傾向があると思います。

198 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/10(火) 23:03
>197

>自分の趣味嗜好を押し出した画家って何時の時代にも新鮮に
>受けいれられる傾向があると思います。

ん?そうかな?。そうとも限らないと思うけど
なぜそうおもうの?。

199 :太郎:2001/07/11(水) 01:25
>198
個性派の多い印象派って人気あるじゃん。

200 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/11(水) 01:49
太郎=分裂病。

いつも支離滅裂だなあ。

201 :139:2001/07/11(水) 10:20
>200

煽るなよw。

>199

でもそれでは答えになってないような気がするんだが?。

202 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/11(水) 10:53
なんかほんとに太郎ってCAttぽいな。
彼は突っ込まれると何も言えなくなる人なので、
みなさん、どうかそっとしておいてあげましょうね。

203 :太郎:2001/07/11(水) 13:13
頭で整理して結論だけ言ってしまう癖があるのでスマソ。
こういう人間がHEY!HEY!HEY!なんか出たら滅茶苦茶突っ込まれるんだろな。

例えばルノワールは幸福で人に好かれる絵を描きたい見たいな事を言っていたらしい。
そういうロマンティシズムって何時の時代にも共感する人がいて普遍的な物なんじゃない?と思う訳。
なんとか技法だけでは100年後の人達は感動しないと思うんだわさ。

204 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/16(月) 19:33
Itsさん、色彩の歓び展行ってきました♪
クレー、よかったです。。童心に返ることのできる作品でした。
ノルデの水彩。。。私もひまわりに見とれていました。
ピカソのあの切なさもよかったです。
ブラックは子供の頃、好きだったので初対面でドキドキしました。
満足感たっぷりの展覧会でした♪
ここでご紹介いただかなかったら、行かなかったかも。どうもありがとう。

205 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/16(月) 20:12
>>204

なかなかあのコレクションの持ち主は
金の使い方わかっているでしょ?。

206 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/16(月) 22:40
↑いちばん良かったのは、
シャガールの『律法を持つユダヤ人』とミロの『希望』。
おもろい!! 

207 :its:2001/07/17(火) 01:03
>>204
展覧会行かれたんですね。満足感の得られる展覧会でほんとに
よかったです。僕自身も美術館で感動したモノの一つでした。

208 :206:2001/07/17(火) 02:36
its、お前なんで女の相手して俺の相手しないんだよ〜。

209 :its:2001/07/17(火) 02:43
>>208
すんません。シャガールは記憶にないけど(ゴメン)、ミロは
良かったよ、たしかに。僕もミロ大好きでございます。

210 :204:2001/07/17(火) 08:55
>>206
私もシャガール好きなんですよ。

そうそう、ノルデの作品てケシの花?
間違えて書いてしまいました。ごめんなさい。

211 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/17(火) 16:43
当方美大生。
ピカソを理解するのに、文章読んだって頭ではわかるけど、中々
感覚としてわかりません。
絵を本気で描いてみると、彼の凄さは分かります。
見えてこなかったものが見えてきます。
ピカソに限らずそうだけど、ピカソがとくにそのギャップが大きいもんね。

212 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/17(火) 17:18
美大あがりは沢山このスレにいると思われ。
描かないとわからんのか。

213 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/17(火) 20:07
>描かないとわからんのか。
んなことはないが、模写をすると、よりよくわかることもあるよ〜ん。

文章でも、人の文体を真似るときには、
まずその人の文章を機械的に書き写してみると、文章に
センスのない人でも、ただ読んでいるだけのときより、
多くのことに気がつく、ということと同じ。

214 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/17(火) 20:29
名前だろ

215 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/17(火) 22:30
大丈夫、絵描きじゃなくてもピカソの良さはわかるから。
それはピカソの良さのほんの一部ですもの。

216 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/23(月) 05:26
リアリズムじゃない絵は素晴らしくもなんともない。
私達一般人がパッと観ていいと思えないもん。
美術は大衆に奉仕すべき物じゃないの?

217 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/23(月) 09:16
>>216

それは難しいと自分が定義付けるものから単に逃げているだけで
しょう。美術だっていろいろです。一発で解る解りやすい絵も
あれば、なんかわかんないけど気になる。家に帰って考えても
よくわからない。でもある日誰かの話を聞いた途端、まるで
閃いたように解る。それから大好きって芸術があってもいい
わけです。甘口の芸術もあれば辛口の芸術もあるってこと
ですな。そんでここでピカソの書きこみしてる人ってのは間違い
なく、上記のようなことを皆経験してるんですよ。つまり絵画
鑑賞も絵という事物からなにかを掴み取っていくって点で創作
活動とまではいかないが、製作者と鑑賞者の間で戦いともいえる
葛藤があるわけです。自分を一般人だといって低きに甘えている
のは自由だと思いますが、そういったスタンスで見ているのは
打ち震えるような感動とか、吹き飛ばされるような知的衝撃とも
縁がないんじゃないでしょうか。結構もったいないと思います
がねえ。

218 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/23(月) 19:10
ゲルニカはどう鑑賞すればすばらしいと思えますか。
牛のばけもの、人間のばけもの、電球、戦車などが描いてありますが。

219 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/23(月) 20:31
とりあえず図像学って知ってる?

220 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/23(月) 22:43
牛の化け物などは、彼自身の心の中に潜んだサド的な願望があるのでは、
究極のSMを表現している。歪んだ?変体的エロジジイかな。

221 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/23(月) 23:57
>>218

すでに既出だよ。

>>220

牛は生涯にわたって出つづけたテーマです。よく心理学的には
ピカソ自身ではないかといわれますが、あまり意味がのあるやり取り
は言えませんね。要するに「描きたいから描いただけ」ということ
でしょう。

222 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/24(火) 01:51
抽象画家なんて皆社会からは変人と思われてる気違いの集まり。
誰も無理して理解する必要なんてない。
何で皆素直に「こんなの美しくも何ともない」と言えずいろんな理屈付けようとするの?
結局はピカソという権威に盲従してるだけなんだよ。

223 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/24(火) 08:14
>>222

あーはいはい。偉い偉い。死んでね。
なんかこいつ「くるくる」臭いぞ?。

224 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/24(火) 09:41
>222
なぜ具象的だと美しくて、抽象的だと美しくないんだ?
日本語は美しくて、韓国語は美しくないのか?

おまえがわからないことばをしゃべる連中はみんな気違い・・だって
か?

具象的絵画表現という過半数の権威に盲目的に従ってるだけのおまえ
から見ればピカソの絵を感覚的に理解することすら不可能だろう。

絵画の表現手法は、平面上に色彩を用いて表現する視覚的言語だと
言える。絵画の世界にもいろんな言葉がある。

おまえでも、観てれば「わかる」時がくる。
ピカソの絵を一枚部屋に張ってみればいい。まったく努力しなくても
一年で「わかる」。

美しい夕日を観た時と同じような「わかる」瞬間がくる。

225 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/24(火) 09:57
「大衆」って何?
「美術」って何?
そしてその「美術」とやらが「大衆」とやらに奉仕すべきだという理由は何?

226 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/24(火) 10:04
大衆に奉仕しないと、お金が入ってこない。

美術家も需要と供給の関係の中で大衆に食わせてもらってる。
大衆に注目されなければ絵を描いてる変わった貧乏人でしかない。

ただし美術家の権威主義的体質が「奉仕」という立場を許さない。

美術とは「芸」だよ。美術家は芸人。

227 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/24(火) 10:15
じゃあお金が別に欲しくなければ大衆に奉仕する必要は皆無なわけね。

228 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/24(火) 12:26
美術だけはベラスケスの時代に戻って欲しいよ。
あの頃には真の芸術があった。

229 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/24(火) 12:41
>227
美術家は大衆に奉仕すべきだ・・なんていったい誰が言ったの?
そんなこと、聞いたこともないし誰も強要していない。

表現者それぞれに享受者との関わり方があるだけだよ。

230 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/24(火) 13:00
>>223
死ねはお前。
知恵遅れ在日逝ってよし。

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