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スーパーリアリズムは芸術ですか?

1 :σ(´へ`)??:2001/05/25(金) 22:43
芸術ですか? 僕はそうは思いません。
感心することはあれ、感動することはない。
芸術ではなく技術なのでは?
どう思いますか。

2 :σ(´へ`)??:2001/05/25(金) 22:43
今日の「誰でもピカソ」を見ていて、すげぇって嘆息もらしはしたけどね、
上田薫ってい人のスーパーリアリズム。
だれも林檎を美しいなんて言わないのに、
どうして本物そっくりに描かれた林檎は額に入れて飾られる?
そりゃ、技術はすごい。確かに名人芸・巧みの技かもしれない。
だから、その画家が人間国宝になるのならわかる。
でも、正確に描かれたもの自体に、一体どんな意味がある?
カメラっていう文明の利器があるって言うのに。

それに、なにをもってして正確と言おう?
肉眼では本物と見紛うかも知れないが、顕微鏡で見れば?
そんな見方は芸術鑑賞の埒外か。じゃあ、どういう見方が正しい見方?

なんか ? いっぱいですみません。
美術絵画は門外漢の若造に、どうかご指南くださいませ。
現在の美術シーンでスーパーリアリズムってどういう位置にあるのσ(´へ`)??

3 :223:2001/05/25(金) 22:49
ほとんど、感心の世界じゃないかな。あなたのいうように。

4 :(*´Д`*)アワワ:2001/05/25(金) 22:59
初レスに
解決されて
春の宵

5 :goatsong:2001/05/25(金) 23:01
既出だけど、ハイパーレアリズムって、「本物みたい!」って、
技術に驚く美術じゃなくて、現実世界や写真、絵画とイメージ
等についての思索を促す美術なんだけどね。まぁ、「本物み
たい!」のレヴェルで止まってるものが大半だけど。(あれは
画面を高度に細分化したり、プロジェクターを使って制作して
いるので、色彩の感覚に優れている人間であれば、それ程
の技術はいらない。)

6 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/25(金) 23:56
>5
詳しく聞かせてもらえないでしょうか

7 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/26(土) 01:57
なんでも貪欲に取り込もうとする「芸術」という枠組みからすれば
立派な芸術なんであろう、なんだって。

8 :catt@g032222.ppp.asahi-net.or.jp:2001/05/26(土) 06:53
ハイパーリアリズム作品から写真以上の描写情報を読みとれない人って
可哀想・・

9 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/26(土) 07:57
>>8
見る人に責任はない。
そう読みとられたなら、それは作品・作者のせい。

10 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/26(土) 08:10
マグリットの「これはパイプではない」を思い出しますね。

11 :lllll:2001/05/26(土) 10:56
>感心することはあれ、感動することはない。

これは速度の速すぎた現代美術全般にいえる疲弊だと思う。

12 :(*´Д`*)アワワ:2001/05/26(土) 11:07
じゃあ、実際には存在しないものをリアルに書けば芸術足りえる?
四角い林檎とか、空中を泳ぐ魚とか。

13 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/26(土) 12:42
>>12短絡的だなぁ・・多重時間の描写だろ<本来は

14 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/26(土) 13:08
よくわからないけど、いろんな見方があるんですね。

15 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/26(土) 13:14
>>12
余談だが、四角いリンゴって本当にあるよ。
リンゴを四角い型枠の中で育てるんだよ。
段ボールに沢山つめて運べるというのがウリらしい。

空中を泳ぐ魚は飛び魚?
陸上を歩く魚なら案外いろいろいるけど。

でもまあ、何にせよ
今はCGでいろいろできるし、コマーシャルの方が
お金や人手もかかってるだけにそういうのは凄い。

16 :σ(´へ`)??:2001/05/26(土) 23:07

「美の巨人たち」見てて思ったんだけど、
彫刻って原則、リアリティーを追求してるんですか?
もちろん前衛だとかなんだとかでそうでないものもあるだろうけど、
少なくともミケランジェロはリアリティーを?
正確な、本当に人間と見紛うような彫刻があったとして、
それは芸術なんでしょうか? 技術でしょうか?
僕は、「美巨」見てて純粋に「感動」しました。理由はわからん。

17 :(*´Д`*)アワワ:2001/05/27(日) 01:33
悪いが、「多重時間」って本当にまさしく真剣に意味がわからない。
広辞苑にも意味載ってナカターヨ(・∀・)
噛み砕いて説明してもらえれば嬉しいのだが。

例えばゴッホのひまわりとスーパーリアリズム(SR)のひまわり。
例えばピカソのゲルニカとSRのゲルニカ。
例えばダリの、例えばモンドリアンの、例えば俺の、描いた絵とSRの絵。
描かれた対象が同じであり、しかもSRが芸術でないのなら、
芸術は「いかにして描(書)くか」に拠るということになるよね? 論理的には。
本当に? 題材はホントに何でもいいの? ホントに?
尾篭だがゴッホの描いた「うんち」を見て感動できるんかいな?

18 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/27(日) 02:37
>>8
では、あなたがハイパーリアリズムから読み取る情報って何ですか?
読み解くのではなく、読み取るのでしょうから、もちろん直感的なものですよね。
具体的に教えてほしいです。

19 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/27(日) 03:05
>18
ただの横レス厨房なので相手にしてもしょうがないと思われ。
(ほんとは聞きたいけど)

20 :∵б:2001/05/27(日) 05:35
ほんもの見たことないけど、チャック・クロースはすごそう。
大画面でぶっっっさいくな男が描いてある。
何を読み取るかって。??。ってたぶん「事実の残酷さ」かな(轜

21 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/27(日) 05:35
所詮はすべて絵空事の世界だよ。

22 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/27(日) 05:54
>>16
彫刻は実際はかなりデフォルメしてありますよ。
骨格的に無理ななポーズしてたり。
しかしそれによってかえって生命感が表現されていたりして
鑑賞者には自然な人間そのものに見える。
「ブルータス」も頭部のバランスや体との設置は実際の人間とは違います。
あなたが感動したと言うのも恐らくはミケランジェロが
デフォルメによって表現したかった人間の本質を感じ取ったからでしょう。

23 :catt@g037010.ppp.asahi-net.or.jp:2001/05/27(日) 07:22
>>17-18さん
たとえばメガネを初めてかけた時の視界って言えば伝わるでしょうか?
近視の人がおぼろげにしか見えなかった世界が変わりますよね。
あと多重時間って、絵画制作時には普通に気にする部分です。
写真と絵の違いって、そこにしか無いと思ってます。
平面上に筆を走らせるのには物理的な時間がかかりますし、最初に描いた
部分に引っ張られて次の部分の描き方が決まったりするわけで、
完成作品には制作にかかった時間以上の時間が定着されていますから。
ハイパーリアリズムはそこらへんを突っついた概念だと思いますよ。

  人 々
 ミ@Д@彡

24 :月読:2001/05/27(日) 07:48
>>20 ∵兄ヤン(心外か)

(轜
にワラ汰

25 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/31(木) 19:18
上小阪

26 :たまご:2001/06/08(金) 05:08
上田さんのスーパーリアリズムは、写真を元に描いているから、
本物そっくりじゃなくて、写真とそっくりが正しいと思う。

本物を見て描いている、写真みたいな絵とは別物。

27 :たまご:2001/06/08(金) 05:11
ごめんなさい。
スレッドの題名、ちゃんと読んでなかった・・・

「スーパーリアリズムは、芸術か?」
芸術の定義がよく解らないからなんとも言えないですが、
美術館に展示されているから、芸術じゃないの?

28 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/08(金) 12:55
馬鹿者が!

29 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/08(金) 22:16
美術館に展示されてるから芸術?
あなたには美術を語る資格が無いね。
オメデトウ。クソッタレ!

30 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/08(金) 23:13
>>29あなたデュシャンさん?

31 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/08(金) 23:23
ミケランジェロは、別にスーパーリアリズムの範疇にくくられる作家ではないんですがね。。。
限りなきミクロな視点への傾倒という意味において、
スーパーリアリズムというのは一つの思想のようなものだと思うのですが。
描き手が、自らの視点をいかに明確に表現するかで、
用いられる技術が決まってくる訳で、結果として、細密な描写表現になるのだと思います。
〜〜ズムというのは、観賞する側が便宜上用いる呼び名のようなものですしね。

32 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/10(日) 05:29
でもたまごさんは過恋板では尊敬されている。

33 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/10(日) 05:33
結論)レスのつき具合からして芸術ではない。

34 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/10(日) 07:15
たまこ?

35 ::2001/06/10(日) 12:53
リアルになら日曜画家でも描けるけど
問題はそこに精神性を感じられるかなんだよね。
例えば街のリアルな映画の看板見てどう思う?

36 :エニェ:2001/06/21(木) 22:58
これを描いた職人さんは、
どういうきっかけでこの世界に入ったんだろう?・・って思う。

37 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/11(水) 17:34
「リアルな描写がなぜ芸術なのか」については、ゲルハルト・リヒターと言う作家の「写真論/絵画論」という本を読むと、目から鱗でわかるでしょう。

千葉でやってた同作家の展覧会もすばらしかったです。

38 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/11(水) 21:53
リアルかどうかなんて表面上の餌に過ぎない。
リアルであるかどうかでいえば写真の方がよほど
リアルだろう。だったらスーパーーリアリズムなんて
絵は意味なくなってしまう。だったら他に意味が
あると考えないとおかしい。

39 :its:2001/07/12(木) 00:00
>>38
そうとも限らないよ。たとえば昆虫とかの場合、写真に写すとどうしても
影が出来たり、フラッシュの光が映り込んだりする時があるけど、同じ
モノを博物画的に丁寧に描き込んでいくと余計なモノが排除されて、
逆に絵の方がリアルに見るときもある。

40 :38:2001/07/12(木) 00:05
>39

でもそれは芸術か?。

41 :its:2001/07/12(木) 00:13
博物画を芸術と捉えるかどうかは僕にも分かりません。
ただ写真と絵画におけるリアルさの違いをを考えた時に、
博物画という存在が、これもまた絵である以上無視できないと
思ったから。スーパーリアリズムとはまったく違うものだけど。

42 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 00:23
スーパーリアリズムとボタニカルアートは違うね。

43 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/12(木) 17:43
時代のせいだと思いますよ、
上田薫のデビュー前(?)は抽象全盛、作家の内面を現わす事に心血を注いで、具象はもう滅びかけていた。
そんな時に彼は生卵とかリンゴとか、本来どうでも良いようなものを写真以上にリアルに描くという事がとてもセンセーショナルだったのでしょう。
ちなみに上田薫作品の本物を見た事ありますか?
結構でかいです、あのサイズに写真を伸ばすとドットが見えてスーパーリアリズムには遠いです。
今の写真、印刷技術ではどうか知りませんが。

44 :43:2001/07/12(木) 17:44
あぁ!文章むっちゃくちゃ

45 :通りすがり:2001/07/12(木) 18:06
>>43
>>39の言ってること理解してないコメント。
イラストレーションでしょ、と言いたいんだと思うんだけど。

46 :38:2001/07/13(金) 09:30
この前誰ピカで上田薫が種明かししていたの聞いていなかったのかな?。

彼曰く、普通画家が絵を書くとき何か伝えたいものや意味が必ずあるものだけど
彼にはそんなものがなかったというか思いつかなかったらしい。で、悩んだ結果
そういうものを徹底的に排除した絵を書こうと思ったらしい。つまり完全に
ビジュアルのみで意味を持たない絵を書こうとしたわけだ。だから正確に事物を
模写することによって思わせ振りなデフォルメや意味をはきちがえないように
したということらしい。つまりこれは「完全な具象画によって完全に抽象画の
楽しみを求める絵」なんだということだ。もしそうだとすれば上田薫の絵は
ミニマル・アートなどにも通ずる思想性を持つと言うことだろう。確かに彼の絵
は事物、現象として見た場合かなり美しい。卵がスプーンから滴り落ちるところ
なんてこんなに美しいものだったのかとハッとする。純粋にビジュアルだけで判断
するとこはまったくの現代美術だ。完全な具象画で現代を表現できるということ
を気付かされた気がする。

47 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/13(金) 09:36
>つまり完全に
 ビジュアルのみで意味を持たない絵を書こうとしたわけだ。

リヒターとおなじ?

48 :38:2001/07/13(金) 09:49
そういうことでしょうか。

49 :age:2001/07/13(金) 10:57
http://salad.2ch.net/test/read.cgi?bbs=download&key=976978311&ls=100

50 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/13(金) 18:20
49番のキミ。
意味がよくわからないのだが、解説してくれたまえ。

51 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/14(土) 17:47
>>45
スーパーリアリズムがどうこうは置いといて、
イラストは芸術にはならないの?
浮世絵とかって元々イラストでしょ、

52 :its:2001/07/14(土) 18:22
>>38
カメラって、風景を切り取る道具ですよね。その道具に大きく依存している
のが写真という表現です(もちろん撮る人の感覚が関わってきますが)。
一方、絵は眼に見えるものを一旦頭の中で整理してから、作り上げていく
作業の結果できあがるものだと思うんです(スーパーリアリズムの場合、
様々な道具が使われていますが、過程は同じだと思う)。
人間が何かをリアルに感じるというのは、思考を経て初めて得られるもの
なわけで、それはある意味絵を描くという作業とも共通している部分がある
のではないかと思います。
だから、上田薫(あるいは博物画)の絵と、それとまったく同じ構図の写真を
並べても、絵の方がリアルに感じるということもあっても全然おかしくない。

>卵がスプーンから滴り落ちるところ
>なんてこんなに美しいものだったのかとハッとする。

この感覚こそ、写真では得られないリアルさだと思いますよ。

53 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/14(土) 22:39
>>52
写真の方が、視線を対象の美しさにとどめておける気がします。
絵の場合どうしても興味が描かれた事物以外に行ってしまうのでは?

>>38
>純粋にビジュアルだけで判断する

特に筆で描かれているのであれば、どのように描いたのかという
からくり探しに走ったりしませんか?

54 :0.00000:2001/07/14(土) 23:05
才能のないおおもりよしはる(http://www9.big.or.jp/~yoshioh/)に絵描きやめさせる方法を教えてくれ

55 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/15(日) 01:46
>54

別にいいじゃねえかよ。大目に見ろよw。

56 :38:2001/07/15(日) 09:29
>52

結論からいえばリアルさということでいえば絵が写真に勝る
ことはないね。というのは写真を写したらその瞬間を切り取って
きたように感じるかもしれないが、実際の写真というのは今の
技術からいって絵を描くこととほとんど同じ操作ができるのよ。
今はフォトショップとかいうソフトがあるからもっと簡単に
操作できるけど、以前から写真の上の画面を光を強くして飛ばして、
下の画面を暗くするとか、右半分をちょっとアンバーを強くしてみる
とか、技術論的なことをいえばもうほとんど絵を描くことと同列の
ことができるわけ。だからこの場合リアルかどうか論じても意味が
ないわけよ。

>53

>特に筆で描かれているのであれば、どのように描いたのかという
>からくり探しに走ったりしませんか?

俺的にはあまり興味はないなあ。そんなことはどうでもいいことだし
、上田薫はどう書いているかというとプロジェクターを使ってそれを
写しているみたいだし。またそれをいいとも悪いとも思わない。
それより俺は上田薫がけして「スーパーリアリズム」といいながら
写真に比べてリアルではない。技術的にいってもなにか特筆すべき
新しいものがあるわけではない絵を「書かなければならなかったか」
ということに興味があるし、うたれるんだね。

まあ、しかしスーパーリアリズムというもの自体みんなそんな
思想性を持っていたとは考えられない。アメリカの作家でリチャード
・エステスという有名な作家の作品などはどうみても「技術的に
写真に負けないほどリアルに書く」ということに拘っているように
しかみえない。つまり流れとしては二方向の流れがあるということ
なんだろう。

57 :its:2001/07/16(月) 17:27
>>53
確かにそれはありますね。メイプルソープの作品とかには明らかに
そういう印象を受けます。しかしその逆転もありえるのではないか、
という気もする。

>>56
僕は>>39で写真と絵画の表層的な部分でのリアリティの曖昧さを書き
ました。そして、>>52では、表層的な部分ではなく、リアリティは思考の
中で初めて感受できるのではないかという考えを書いた。(ソースはな
いからかなり乱暴ですが)
つまり、論の展開として、リアリティについて、表層から感受の仕方へと
シフトしたつもり。
でも、38さんのレスでは、あくまで表層についてこだわっているような気
がする。

今一度感受という観点からからリアリティについて例をいくつかあげて
みたいと思う。

たとえば木下晋という鉛筆で人体を克明に描写する作家。彼の作品には、
対象の美醜を超えてものすごいリアリティで迫ってくる。

「ブレードランナー」でシド・ミードが作り上げた近未来世界。このリアリ
ティは、今日でも色あせることはない。

ギーガーの描く奇怪な異種混合の生物。なぜ存在しもしないはずの
これらの生物に恐怖し、リアリティを感じてしまうのか。

卑近な例だが、有名人の似顔絵に、そのポートレートよりもリアリティを
感じてしまうことはないか。

そして写真の例として、アラーキーの「センチメンタルな旅」。第三者から
してみればどうでもいいような光景の連続だが、彼の妻に対する思いを
知って初めてリアリティをもって我々の眼前に捉えられる。

これらの例を上げて、もう一度リアリティについて考え直してみると、そこ
には様々な予備知識、作品にからまるエピソード、そして言葉にしようのな
い感覚が関わっているのが明瞭になる。そしてそれは写真ですら例外では
ない。
翻って上田薫の作品に話を戻せば、そこにもまた絵を書くという人間的な
行為の結果としてのリアリティが浮かび上がると思うのです。

58 :its:2001/07/16(月) 17:31
写真と絵画とのリアルさを云々することは無意味といってしまえばそれま
ででしょう。
では、なぜリアリティにこだわるのかと言えば、スーパーリアリズムの作品
をコンセプト、抽象、具象などの文脈で現代美術の枠内に収めてしまうこと
があまりにももったいないと思ったからです。
その回答はこのスレの「スーパーリアリズムが芸術か?」の答えにはなっ
ているでしょう。しかしそれで良しとしていいのか。

実は僕も上田薫の卵の作品を上野の森美術館かどこかで見たことがある。
そして、そのとき抱いた感想は、何を隠そう38さんと同じだった。
>卵がスプーンから滴り落ちるところ
>なんてこんなに美しいものだったのかとハッとする。
まさにこれです。その美しさはどこから来るのか、自分なりに考えてみると
写真という表現を超えているからではないか、という結論が浮かびあがって
きた。この作品は、写真を意識しながらも写真以上のリアリティを獲得して
いるのではないか。そこにこの作品の美しさがあるのではないか。そしてリ
アリティとは何か、という根源的な問いをこの作品は提起しているのではな
いか。作者の目論見は別として。

かなり長文になってしまって申し訳ありません。
でも、断っておきますが、僕はあなたの意見を論駁しようとしているのでは
ありません。ただ純粋にスーパーリアリズムの作品の美しさについて考えを
めぐらし、自分なりの回答を語ってみたかっただけのことです。

59 :its:2001/07/16(月) 19:00
んで、結論として絵画と写真のどっちがリアリティがあるか、という
のが問題ではなく、絵画も写真もどちらもリアリティを持ちえるし、
持ち得ない場合もある。ということです。

60 :38:2001/07/16(月) 20:10
>>59

なるほど。そういった意味ならわかるかな。さすがitsさんだ。
でもなんか書いているとこをよく読んでみると、なんかちょっと
言ってるスタンスは違うけど、なんか同じ事を言っているよう
な気がする。

61 :its:2001/07/17(火) 00:59
>>60
支離滅裂でほんとにスイマセン。書き始めると妄想が膨らんでそれまで
のスレの流れを見失ってしまうもので><
こんな駄文でも理解して頂いてありがとうございます。

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