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川久保玲とコムデギャルソン

1 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/20(日) 02:28
美術板的に語りましょう

2 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/05/20(日) 03:35
語りたいけど
いかんせん知識が・・

3 :non-marque*:2001/05/23(水) 02:39
ギャルソンスレから来たよ。ここは「服は買わないけど、ギャルソンに
ついてウンチク語りたい」人のスレって感じになればいいね。昨日、本
家スレの方で「服について語り出すとスレのびねぇーなぁー」って言って
た人いたけど、レスつけられない人の気持ち、オレはそのうちの1人なん
でよくわかる。オレは服の技術的なことは全くの素人だけど、ギャルソン
について語ってる本なんかには目がなくってね。実はギャルソンについて
知識人がなぜこんなに絶賛するのか?ってことに異常に興味があって、む
こうではそれ関係のレスを積極的につけてきたつもりなんだけど、むこう
では逆にオレが振るようなネタにはあまり興味がないらしくこちらのレス
にもイマイチな反応だった。個人的には文学板で立ててみようかと思った
んだけど、文章がヘタだとか言ってることの辻褄合わんとか言われて、足
引っ張られるの嫌なので止めてたんだよ。ここにこういうのあっていいと
思う。今はネタ切れなんで、依然の過去ログみれないから内容かぶってよ
ければ参加するよ。気長にやりましょ。

4 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/08(金) 21:37
コムデギャルソンよりもマルタンマルジェラの方が今は語りやすい
人材と思われ。

5 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/10(日) 04:16
じゃあそれ語ればいいじゃん。

6 :名無し:2001/06/10(日) 11:38
丸タンよりスーラバだyo!!

7 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/10(日) 23:31
>>6
ねたですか?

8 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/11(月) 06:42
楊枝との比較

9 :nulv男16歳:2001/06/11(月) 08:20
>>7
ネタに決まってんだろうが!!

10 :non_marque*:2001/06/13(水) 15:33
マルジェラは 「本物指向」と呼ばれる。自身のポートレイトを撮られることを
拒否していることでも有名。身長180センチ以上の大柄だそぅ。ギャルソンとの
コラボで、ギャルソンとの比較をされはじめ以後日本でも大変な人気。なぜか
ギャルソン・フリークのデザイナーには 大柄が多いような・・・

ここで、注意すべきは その「指向」が 完璧に西洋の枠に留まっている
とゆうこと。川久保の数少ない発言の中で、「わたしの服つくりのベースに
ヨーロッパは含まれない。」とは 全く違う。エルメスの主任デザイナーが彼にぴった
りハマッているのも その「指向」に 20年代、40年代への郷愁があるから。
彼は現代の「サン・ローラン」を目指す。

11 :nulv男16歳:2001/06/14(木) 09:27
このスレは今後なんら発展が期待出来ないものと思われる

12 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/14(木) 21:19
>11
同感です。
でも頑張って続けて欲しい。
興味あるから。

13 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/15(金) 00:39
川久保のサイトきぼん

14 :non_marque*:2001/06/15(金) 14:06
オフィシャルなのは ない。>>13
 ファン・サイトはいくつかある。
 けど、以前2ちゃんで相当叩かれた
 ので、ここでは教えられない。スマソ。
 ヤフーで捜せばいくつか出て来る。

15 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/16(土) 13:40
川久保玲が80年代に注目されたのは周縁が中心を決定するという構造主義や
周縁的素人ムーブメントであるパンク/ニューウエーブなどの勢いを受けてのことと思われ。
とりあえず真っ向から既存のジャンル(サンローランに代表される西欧衣服)に
暗殺宣告するような素人大暴走的姿勢を持つのが80年代には格好良かったのだね。
90年代に入ってパンク/ニューウエーブのやり方がもう飽和状態になり、有効でなくなった。
そこで多くのデザイナーはリミックスという概念を導入した。もう一方で、既存のジャンル
に暗殺宣告するのではなく(そんなロマンチックなものは恥ずかしくて時代遅れだ)、
骨折程度の怪我をさせることによって、既存のジャンルのプライドを奪ってしまうというのが
平面服、ビンテージリメイク、布団コート、超ビッグサイズなどのプチ失笑アイテムを
マジに美しく作ってしまうマルタンマルジェラではないのでしょうか。
比喩的な言い方をしたが、詳しくはサワラギノイ/原子心母でも読んでね。
しかし現在、ファッション界で最も面白い存在はギャルソンや○ジェラより
プラダダトオモーウヨ。

16 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/16(土) 16:07
プラダの広告ページ好きだったな 今は知らん
どこが面白いの? 面白みの部分をおしえろやゴルァ

17 :non_marque*:2001/06/16(土) 19:16
>>15
椹木野衣の「テクノデリック」って読んでみたいなぁと思ってる。

以前、彼が 村上龍との対談で、コムデ/ヨウジのことを「西洋が
日本に期待するオリジナリティ、エキゾティズム」とゆっていたね。

最後の2行はちょっと・・・とゆうかんじがする。たしかに「企業体」
としての活動は「魅力的」だと感じる人もいるのではないかとおもうけ
ど。そのデザインて面白い?

18 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/16(土) 21:22
文法として、合っているのだろうか。

19 :ななし:2001/06/17(日) 03:36
*マークつけてるのバレバレ

20 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/17(日) 05:29
グローバルな観客に対して、求められているオリエンタリズムに
向き合うっていうのはまっとうな態度だと思うよ。

21 :non_marque*:2001/06/17(日) 15:51
>>18
ゴメソ。文下手なもんで。
>>19
本家スレから来たな(W

22 :15:2001/06/17(日) 21:59
>>21
ここではsageでやんなくていいよ(ワラ。

23 :ナナシノ:2001/06/18(月) 02:17
すごく厨房な質問して良い?(なにせファッション
には疎いので)
去年、三宅が都現美で展覧会しましたよね?
個人的には楽しい展示だったんだけど、川久保玲と
か山本耀司がああいうことをする可能性ってあるの
かな?

24 :non_marque*:2001/06/18(月) 19:40
>>23
それ、逝きたかった。けっこういろんなとこで取り上げられてて
話題になったね。一生が 実質的に「引退」したから行うことが
出来たのでは?とも思う。

青山のショップ逝ったこととかは?まるで、博物館かなにかのように
服が 置いてあるんだよ。ギャルソンはディスプレイしないので、そこの
いろんな店員が まるでモデルのように着こなしていて服について
教えてくれるよ。で、ああゆうことする可能性は今のとこないのでは?
と思う。彼女は 自分の服作りに関して 「二度と同じことはやらない。
毎回自分を0(ゼロ)にリセットし直している。」とゆっているので、
引退(そうゆう噂もちらほら聞くけど、)しない限り しないと思う。

マルジェラは 自分を振り返るコレクションやったことあるし、展示も
したことあるよ。

ヨウジは 最近、彼を撮ってる写真家の展示会やったよ。見にいってない
けどさ。

25 :non_marque*:2001/06/18(月) 19:41
>>23
それ(イッセイの)、けっこういろんなとこで取り上げられて
話題になったね。一生が 実質的に「引退」したから行うことが
出来たのでは?とも思う。

青山のショップ逝ったこととかは?まるで、博物館かなにかのように
服が 置いてあるんだよ。ギャルソンはディスプレイしないので、そこの
いろんな店員が まるでモデルのように着こなしていて服について
教えてくれるよ。で、ああゆうことする可能性は今のとこないのでは?
と思う。彼女は 自分の服作りに関して 「二度と同じことはやらない。
毎回自分を0(ゼロ)にリセットし直している。」とゆっているので、
引退(そうゆう噂もちらほら聞くけど、)しない限り しないと思う。

マルジェラは 自分を振り返るコレクションやったことあるし、展示も
したことあるよ。

ヨウジは 最近、彼を撮ってる写真家の展示会やったよ。

26 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/18(月) 19:43
二度書き、スマソ。

27 :15:2001/06/18(月) 21:23
川久保玲の作るものは徹底的に服でしかないから、
アートとして展示するのは向いていないと思う、
装飾芸術や、博物館的な寒天からであれば有効と思われ。
さてプラダですが、現代アート作品でファッション、ショッピング、
といったテーマを持つ作品に、モード界からとりわけ引用されて
いるのがプラダ、な感じがしませんか?逆に言うと引用されやすい
イメージを自ら作り出していると思う。世の中がファッションビジネス
に対して持つイメージ(その中には生産、デザイン、広告、店舗、
ショッピング行動までを含むよ)を掻き集めて一旦台本に仕立て上げ、
わざわざそれを、なぞるようにして演じてるみたいだと思ったりする。
(そう思ってるのが僕だけなら僕はデムパ君だということになるが)
しかし、グッチやシャネルやカルバンクラインに比べて、プラダって
ウソクサイ、言葉を換えるとフェイクっぽいと思ったり、ギャルソンや
ヨウジやラクロワに比べて本気度が少ないと思っったりするのだが。
そしてプラダのファッションを小馬鹿にした態度がマルジェラに
似てるとも思う。コレはきっと2人のブルジョア育ち(?)から
くるものなんだろうなあ。

28 :ナナシノ:2001/06/19(火) 00:19
青山のショップには行ったこと無いんだけど、多分一回ぐらいは
どこかで見たことあるかも知れないです。前述のようにファッション
には疎いのですが、ディスプレイも含めて本当にカッコいい。
 コムデギャルソンに限らず、どこの服でもそうなんだけど、本当
に胸がときめくくらい良い服を見てるときって、カッコつけて言えば
自分が「買う人」として振舞うべきなのか、「鑑賞者」でも良いのか
迷ったりする。素材感とか、細部の処理とか、いくらでも発見の要
素があって。
 先の展覧会では、完全に「鑑賞者」の安全地帯でいられたから、
楽しかったのだと思う。 「平常営業」なら、はっきり言って逆立ち
しても「買う人」にはなれないので、そそくさと逃げてくるわけです
が。(笑)

29 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/19(火) 05:33
プラダは面白くもなんとも無いよ。

30 :non_marque*:2001/06/19(火) 22:54
>>15
川久保もね、すごくいい家庭で育ったんだよ。
もう ずっと慶応。幼児舎のころから。デザイナー
て裕福じゃない人見つける方が難しくない?
プラダをとりあげる現代美術家っているんだぁ。。
だれ?想像だけど.....いや、やめとこ。
>>28、ナナシノ
漏れは 胸がときめくくらい良い服をみつけちゃったら
買っちゃうよ。けど、そうゆう時もあったよ。ショップ
逝くのって勇気いる。まず、ショップに逝くための服がいるし・・・
漏れも 最初は とりあえずアウト・レットでベルサーチのコート
なんぞを買ってしまい、それイメージするようなド派手はもんじゃなくって
すごく着まわしできるシンプルなやつね(W
けど、今考えるとそうゆう「準備」なんていらなかったな、って思う。
もしかしたら、買ってしまってほぼ毎日着てれば 鑑賞するより違う
発見があると思う、絶対。だって、そうゆうときってな〜んにも考えて
ないんだもの。もう気持ちの問題になってくるからね。
セールは1度逝ったことあるけど、その雰囲気になじめず、それこそ
そそくさ、帰ってきてしまたことある。だってゆっくり見れないし、
いいものなかったんだもん。

31 :ナナシノ:2001/06/20(水) 00:38
なるほどね。しかし。それにしても高いですよね。ギャルソン。
シャツ一枚の値段見ても飛び上がるよ。「コート買えるじゃん!」
みたいな。
そういえば田中康夫もベルサーチですね。「こんなシックなヴェルサ
ーチもあるんだよ!」ってどこかで力説してた。
出してくるなって。そんな名前(笑)でも田中康夫は偉大だと思う。

「私は、この世で最も崇高で、聖なる衣服を纏う。それは軍服
である。」ヒトラーが確か、こんなことを言っていた。
川久保玲はともかく、山本耀司にはファッショ・ゴス美学を色濃
く感じます。あえて抑制する美学というか。柔らかい素材・明るい
色彩でも、どこか屈折してるような。

32 :non_marque*:2001/06/20(水) 22:23
>>ナナシノ
あ、値段ね。ありゃ、高いわ。たしかに。買ってるうちに
麻痺してくるね。3万のパンツ?お手ごろじゃない?みたいな(W
田中康夫は ヨウジだかギャルソンを 彼独特の難解な言い回しで、
批判したとかなんとか 聞いたことある。「なんとなく..」て本で
すごいしゃれものの生活描いてたけど、空しさかんじるより憧れてしまったよ。さすが、田舎者だ(W
あの本のおかけで、テレビのドラマとかのセットって、あの年齢で、あの
仕事で、あのリビングはねぇーだろ?とゆうような綺麗で落ち着いた雰囲気
の部屋って定着したんだよね。あれにも 単純に憧れた〜(ヴァカ

ベルサーチってやっぱりジャンニが死んでからって、ジャンニのままでいよ
う、守ろうとしているかんじが痛々しい。メディアもこぞって、「〜らしい
ですね。」だもん。衰退していくのかな〜って。

ヒトラーのは 「制服」に置き換えてもいいのでは?とおもう。
鳥肌 実は いまだに軍服オンリーの生活してるらしいよ。

実は 変化スピードみたいなのって意外に誰もいわないような気がする。
たとえば、同じ「破壊」や「変化」で考えると ゴルチェなんかそれが
早過ぎて、最近息切れしてるし・・・(一例)
ヨウジとギャルソンでくらべたら まだ、ヨウジの服の色(黒)は圧倒的
に多いし、シルエットを変えるスピードもゆっくりなかんじ。

で、ギャルソンのビジネス・サイドのことで 感じることある?

33 :ダンス:2001/06/21(木) 07:15
ビジネスというか、商業性という点でみると、やっぱりロゴTが面白いね。

ギャルソンのロゴTというのは他のブランドとちょっと変わってて、ほぼ完売する。
ギャルソン側ももちろん重々理解していて、企業としての利益を確実に取りにくる。
ということは、ロゴTにはギャルソンの商業性というものが最も出てくるものなんだよね。
(おいおい、全商品売りにいってるよ、って言われたらみもふたもないけど・・)

これは俺の持論で、モノを見る時に必ず心に留めておく事のひとつ、
「商業的デザインというのは、デザイナーの個性を消すものではなく、逆に個性を出さなくてはいけないものだ」
、ということ。んで、
「商業的なデザインというのは、デザイナーの個性を打ち消して大衆的なものにする」、
という自分と解釈をしているデザイナーが多い中で、ギャルソンはその時その時の表現したいことを
ロゴTというフォーマットのなかにきちっと落としてくれる。
そんなわけで俺は、毎回ロゴTは楽しみだったりする。
ま、プリントされただけのTシャツに1万円近い金を払えるかは別だけどね。見るだけは無料(藁

34 :ダンス:2001/06/21(木) 07:17
×という自分と解釈
○という自分と”違う”解釈

35 :non_marque*:2001/06/21(木) 22:05
>>33-34、ダンス
ミニマムな話題だね。>>ロゴ-T
立ち上げの日に 逝った時て混んでるでしょ?だから、セールも
だけど、あんま逝かないんだけどさ、いつも接客してくれる店員
(といっても顧客ではないよ)が、忙しくって、そん時(立ち上げ)
に応対してくれた店員が ロゴ-Tすすめてくれた。年の割りに こっちが
若く見えたのかな?けど、ヴィヴィッドなのは着ないし、そん時も着てない
から なんでオレみたいな ロゴ-T買わなそうな客にすすめたんだろ?って
ずっと なぞだったんだわ。そうか、売りたかったのかぁ。。
一見さんは ギャルソンに憧れってあるし、ブランド・モノって
意識で寄るはずだから、8000円位が ぎりぎり出してくれる額なんだろうね。
で、ダンスのような「持論」もってるブランドってプレタポルテに重心
のあるブランドじゃない?ヨウジもAARてゆうダーバンとのコラボで、
「できれば、無印良品位の価格設定でなんとか。」ってゆう話しだった
らしいよ。ダーバン側の提案じゃなくてヨウジがだよ!驚きじゃない?
ま、それは あまりに現実的でないとゆうことで 今の値段だけど、かなり
安め。ほんとに。びっくりだ。あと、イッセイも 遥か1968年のパリ5月革命
の頃、ギ・ラロッシュのアシスタント・デザイナーやってて、「ブルジョワ
階級に奉仕するのは嫌だ。」と思って「パン屋のおじさんとか学生とか、
自分(イッセイ)と同じような一般の人々のために服が作りたくなった。」
って思ったんだって。もっと語りたい(藁)けど、疲れちゃったから また
明日。ゴメソ。

36 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/22(金) 10:41
なんか、芸術の純粋性と閉鎖性、スノビズムみたいなのを感じると
大衆性の重要さを持ち出したくなるけど、そういうのを読むと逆に
批判したくなるね

37 :non_marque*:2001/06/22(金) 23:04
>>36
えと、ちょっと補足。
イッセイも川久保もあんまり多弁じゃないから、イッセイのこの
言葉は 最近のもの。デザイナーとしてふさわしい発言ってあるとすると
現役のころ言ったらまずいでしょ。イメージ大事だから。
1968年の革命は かれらに大きな影響をもたらした
とゆうことは 伝えられていたけどね。デザイナーは あんまりしゃ
べって欲しくないね。それとオートクチュールってのは芸術じゃないんじゃ?
中世の画家たちが パトロンとなってくれる富豪なんかのために絵を描くと
同じで、純粋芸術じゃなくて「古臭い芸術様式そのままのシステム」とは言えるかも。服のことを たとえばこの板で語ってるってのも奇跡に近い。だって、今でこそ服飾史とかあるけど、それにしたって絵画や彫刻などの他の視覚
芸術に比べたら・・・。

よくファッションを 芸術だとか思想だとか哲学とかの言葉を使って説明した
がる人とかいるけど、たとえば、川久保玲の思想や哲学なんて調べられっこない。そんなものどこにもないんだから。調べようとはしたんだけどね。大切なのはイメージだと思う。芸術っぽかったり、哲学っぽかったり、思想があるように思わせることが大切だと思う。だから、ある服をみて川久保玲の思想が滲み出ているなんて表現や、川久保玲の思想に共鳴するとゆう言い方には ?
ギャルソンの服に〜の影響が感じられるとかそうゆうのが 適切とおもう。
>>36には同意。「現代音楽の狭い世界にいたくなかったからポップスに飛び込んだ」みたいな発言と同じ「逃げ」を感じるから。

AARは 本家スレの方で叩かれてる。オレのいいかげんさがばれてしまって
面白いよ。ロゴ-Tもよく叩かれる。しまいには「叩かれるから着ない」
みたいなこと言い出す始末。
面白いのは ヨウジ好きな人は あまり語りたがらない。年齢層が高いからか?ロゴ-T叩く人は無意識で、ギャルソン叩いてる気になってるから ロゴ
-Tとゆうところをギャルソンに置き換えて 読んでも面白い。

川久保 玲の言葉 「ビジネスもデザインの一部」だと。

38 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/22(金) 23:06
うわっ、改行がすごい変。それにさげちゃった。ごめん。

39 :ナナシノ:2001/06/22(金) 23:12
>よくファッションを 芸術だとか思想だとか哲学とかの言葉を使って説明した
>がる人とかいるけど、たとえば、川久保玲の思想や哲学なんて調べられっこない。
>そんなものどこにもないんだから。調べようとはしたんだけどね。大切なのは
>イメージだと思う。芸術っぽかったり、哲学っぽかったり、思想があるように
>思わせることが大切だと思う。

素晴らしいですね。激しく共感する。

40 :non_marque*:2001/06/24(日) 00:57
市川房枝がいて、イッセイの服着てファッション雑誌に載っても
批判されなかったけど、隆明がギャルソン着てアンアンに写真載ったら
批判された。これってどうゆうことなんだろう?

41 :40:2001/06/24(日) 00:59
一行目の「いて」は 間違い、なしで読んで。

42 :ナナシノ:2001/06/24(日) 01:43
>>40
市川房枝のことなんて全然知らないんですが隆明については
ギャルソン云々とは別の批判でしょうね。あれは当時の知識人
が抱えた態度表明の手法として成功と言い切れないし、コムデ
ギャルソンにとっても「不幸な事件」だったんじゃない?
って言ったらおおげさか。

43 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/24(日) 06:00

古い話。

ナナシノも、逝ってよし!
(若者よ、板を取り返せ!)

44 :ダンス:2001/06/24(日) 06:07
ちょっと前のブルータスに平野啓一郎(最年少で芥川賞とった人)がエルメスを着て登場し、
「平野啓一郎、なぜかエルメスを着る」っていうタイトルだったのには笑ったけどね。

その昔、ビートたけしがテレビに出始めた頃、衣装からプライベートまで全部イッセイ着ていて、
「サンローランは五木ひろしが着てダメにした。三宅一生は俺が着てダメにするんだ」っていう
ジョークをかましてて、結構週刊誌の記者にうけたらしい。
んで、
「8万円のセーター着て寝転がったりして汚してさ。『なにが三宅一生だ。
漫才師だって着てるぞ!』っていうね。別にお洒落できているわけじゃないからさ。
三宅一生は嫌がってるらしいよ。三宅一生からイメージが壊れるっていうクレームがきた」
とか、言ってたらしい。

実際、一生本人は笑い飛ばしていたらしいけどね。当時の事務所のコメントにも
「うちのブランドはどなたにでも気軽に着てもらいたいと思っていますから」
と否定してる。

自己アピールの戦略として巧妙に有名人をダシに使うという、この辺がたけしの上手さだね。
吉本はその辺が下手だったんじゃないかな。って良く知らないんだけど(藁

45 :non_marque*:2001/06/24(日) 22:21
>>42、ナナシノ>>44、ダンス
市川房枝の写真ってのが 実に自然でなんの違和感もない感じ、
撮影も外で行われているし。彼女自身その服がいたく気に入って、
その服で、よくテレビとかにでてたらしい。

一方、隆明のは 誰がみても ちょっとした違和感を感じる写真。
ポーズの決め方が……。隆明にギャルソンは似合わない?
時は ちょうど反核論争の真っ最中。つっかけたのは埴谷らしいけど、
そこらあたりは 難しいから 省きやす。
(いや、やはり、亀スレらしくきっちり後で、述べた方がいいか?)

隆明は運が悪かった(?)けど、ギャルソンにとったら神風でしょう。
これで、狭い論壇の世界にギャルソンとゆう名前が広まったわけだから。
同じ雑誌で、当時連載を持っていた、村上 春樹が ギャルソン工場
についての本を書くきっかけにもなったと言われているし。

オレの想像するのはこんな程度だけど、
>>44、ダンスのような騒ぎもあったんだね。
イッセイも たけしに からまれちゃ大変だわ(W

ちょっと、スレとはずれるけど、たけしって権威みたいなものを単純化
してしまって笑いをとる。聞いた人は 安心感を抱く。
「あ、あれって そうゆうものっだったのかい。大したことねぇーんだな
、実際は。」こんな、大雑把な捉え方をしての安心感。
高橋源一郎あたりにもそれ感じる。面白いんだけど。

オレなんか、「神々は 細部にこそ宿る。」
なんて言葉 有り難がってる人間だから、ギャルソンを できるだけ、
いろいろ細かく知りたいと思う。(既ネタでも)

えと、ちなみにそのブルータスには 川久保 玲の言葉があったよね。

>>42、ナナシノ
>当時の知識人が抱えた態度表明の手法として成功と言い切れない
これって、反核署名のこと?でしょ?

46 :ナナシノ:2001/06/25(月) 02:40
>>45
あ。違う。僕もいい加減書いてるから詳しい人の指摘が欲しいとこですが。。
僕は埴谷との論争については全く無知で、言いたかったのは「マス・イメー
ジ論」あたりの吉本が「転向」のダシとしてギャルソンを使ったってことです。

曰く、「大文字の知識とい牙城が崩れ、あらゆる価値が差異の戯れとして浮遊
する現代において、私もまた、知識という象牙の塔より地上に降り立たねばな
らぬ。」って。地上に降り立ったという身振りのひとつが「ギャルソンを着て
グラビアに掲載される自分」だったみたいな。
 ここでギャルソンが選択される必然て、無いと思うのです。ギャルソンの服
は「差異の戯れ」ってコトバを代表する事物のひとつでしかない。僕がギャル
ソンにとって不幸だったと言う理由はそこです。吉本が着たギャルソンって
「思想も哲学も無くイメージだけを高速回転させるハイパーマシン」としての
ギャルソンと、似て非なるモノだと感じるのです。

とはいえ、我ながらちょっとキツイ論旨だ。ボコられそう。。

47 :ナナシノ:2001/06/25(月) 03:16
×「マス・イメージ論」
○「ハイ・イメージ論」
だっけ?うろ覚え。

48 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/25(月) 19:51
>村上春樹が ギャルソン工場
についての本を書くきっかけにもなったと言われているし。

この本って何?

49 :nan_marque*:2001/06/25(月) 21:41
>>48
日出る国の工場 けっこう気遣って書いてるかんじ。

MR買った。
川久保自らがエディットした、プリュスの特集はなんかようわからん印象。
ブルータスのも ようわからんかったけど……イメージ戦略だね。

青山のリニューアル・オープン時のプレス向け
紹介文には「ギャルソンを理解するすべての人に開かれています。」
こうやって、煙にまくんだよ。オレなんか また有り難がっちゃうよ(W

99ぺージからのコレクションについてのトピックは面白そう。「1968」
というのはデザイナーだけじゃなく、オートクチュールそのものの姿をも
変えた強烈なインパクトがあったんだね。ちょろっとしかまだ、読んでない。

>>46、ナナシノ
ギャルソンに「血は流れなかった」と思うよ。
ファッション的にいうと隆明のその言説はかっこわるいということ
になるのかな?あんまりこの人自身に興味がないんで、これくらいしか
…ゴメソ。

たしかに 最近「転向」したとかいってた隆明は このあたりの出来事
(埴谷との論争→アンアン論争)が きっかけになったとか本で書いて
あったな。「わが転向」だったかや?ヒトラーの本のタイトルに似てた
印象があるが…。もちろん読んでないよ(W

ハイ・イメージ論じゃなかった?これは 読んでみたい本だな(W
たしか、3册あって、その1がファッションとかだよね。

50 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/25(月) 21:47
やべぇ、自分の固ハンまちがちゃった。まあいいや。

で、「わが転向」は ちょっと立ち読みくらいしたってこと。

51 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/06/25(月) 23:33
川久保玲が西欧であんなに熱心に支持されるのは直接的に言うとエロの
表現に長けているからだと思われ。パリでトップに立とうとすれば絶対
必要なのがエロ表現なのだが、川久保玲はぼろ切れをエロく見せるという
離れ業をやってのけたところがスゴイと思う。あと、それ以降の新しい
エロの表現方法としてはヘルムトラングが視覚に訴える触感覚みたいなもの
を打ち出したのが結構ショックだったかなあ。

川久保玲のイメージ戦略は、実は日本的。商品を見せずにデザイナーの
アタマの中を見せることによってそのブランドに対するイメージを上げる
というやりかたは、日本ではごくありふれたやり方なのだが、西欧では
商品あっての、見せての広報活動と言うのが元々だから、コレもショック
だったに違いないでしょう。

「ファッション」はそのときの空気の表現だから、論理とかよりも
もっと軽くて、俳句とかそういうのに近いと思う。理論構築を生業
としている人は、ファッションなんかを語ると痛い目に遭う。
「わかってる」「わかってない」の世界だからねえ。
だから柄谷行人もファッションについては語らず建築を語ったりする。
逆に空気感を大切にするゆえ非理論的なサワラギノイなんかがファッション
や音楽について語るのは、スゴク納得。

52 :non_marque*:2001/06/27(水) 02:27
>>51
パリ・コレ進出の頃は かなり叩かれたみたいだね。海外進出当時の
ギャルソンを「貧乏ルック」のひとことで片付けてしまおうとする
海外プレスが多かったもんね。
ニュー・ヨークのプレスは割と面白がってくれたみたいだけど。

で、イッセイが海外に出てった頃って、あんまり叩かれなくて、なんで、
ヨウジ・ギャルソンって叩かれたんだろう?って考えるとイッセイて、
ジバンシーのメゾンにいたからとか、海外の方も、イッセイの服に
「日本(東洋)はこうあって欲しい」みたいな期待の範疇にまだ、ぎりぎり
収まっていたからとか かんがえられるね。

けど、ギャルソンのあの服や、今期のプレゼンや実際の服みてても
最初から人が受け入れられるものじゃないはず。ギャルソンだから…
といって 受け入れちゃう人は いても。

「コブ・ドレス」出した時に、最初社員とかに見せたらしい
けど、一同黙っちゃって、何にも言わなかったんだって(藁
川久保は きっとその瞬間に「これは いけるぞ!」と思ったはずだよ。

ギャルソンって、面白い服だとか 奇抜だとかゆうけど、その奇抜さが
半端じゃない時がある。もちろん、ブランドであり、企業だから 思い
通りの創造していくには 時に「金儲け」に偏ったやり方もするけど、
相殺して考えて、今は まだ、単なるブランドには成り下がってないと
おもうし、多分川久保の目の黒いうちは そうならないと思っちゃってる
から、オレなんかどうしても 注目しちゃうんだよね。

で、80年代に流行ったものがことごとく90年代に否定されてったにも
関わらず、ギャルソン・ヨウジは 逆だったね。イッセイは元気なくした
けど。そこら辺ってなんかわかる気がする。

パリ・コレのシステム自体が もろ西洋のものだし、ヨウジはともかく、ギャルソンはカウンター・カルチャーの臭いがぷんぷんするから、
「パリ・コレでトップ」には たぶんなれない?とおもうし、そうゆう
気持ちはあるのかな?ってちょい疑問。中田やイチローのこと考えたら
そうでもないのかな?よくわからない。ヨウジは「なんか、やってやるぜ!」
っていう気持ちは すごくあって、燃えたみたいだし、当時はあの二人って
つき合ってたから、川久保も相当の意気込だったろうね。今はもう、ギャル
ソン・ヨウジの注目度は 物凄いからね。彼等がいなかったら、パリ・コレ
は つまらないものでしょう、きっと。

あと、イメージ戦略については 今度思ったところを述べたい。

53 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/07/22(日) 00:56
秋冬物があがったage

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