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民藝

1 :用の美:2001/03/20(火) 10:49

民藝です。例えば、壷であるとか茶碗であるとか。布であったり。
生活の一部分に、組み込まれているといったこと。

http://www.mingeikan.or.jp/

2 :用の美:2001/03/20(火) 11:05

上のからいくつか引用してみると、「特に多くの一般の民衆が普段から
用いるものの中に 『用の美』が見い出されたため、 このようなものづ
くり、民衆的工芸を縮めて民藝という言葉が日本民藝館の創立者柳宗悦
らにより作られました。」

さらに、「『一般の民衆が日々の生活に必要とする品』という意味で、
いいかえれば、『民衆による民衆のための民衆の工芸』」ということ。

面白いのは民藝の特性というページで、実用・複数・労働・廉価・無銘
・地方・伝統・他力・分業、の9つの特性がある。こうして見ると、い
わゆる近代とか西洋の芸術とは異なる特性が民藝にはあるようだ。

3 :用の美:2001/03/20(火) 11:22

さらに、この特性といったところから、民藝という考え方が現代に
どう応用出来るのかといったことが書いてある。

ものつくり http://www.mingeikan.or.jp/Pages/monotukuri.html
美意識   http://www.mingeikan.or.jp/Pages/biisiki.html

「粗悪なものはものを粗末にする習慣をつけます。」ごみ問題や大量
消費社会と民藝との関わりについて述べた部分は、秀逸であり恐れ入
りましたといったところです。

以上のように読んでいくと、どうして美術品や芸術品、工芸品といっ
たものが美術館にしまわれてしまっているのか、残念でならなくなる。

芸術と社会との関係性を考えるとき、この民藝という思想は充分取り
上げられるべきものではないだろうか?

4 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/20(火) 15:55
age

5 :柳宗悦 :2001/03/20(火) 16:36
やっと議論に足る,いいテーマが出てきたな

6 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/20(火) 19:48
ふーむ。


7 :∵б:2001/03/20(火) 19:51
東大の近くにあるな。日本民芸館。だっけ?
つれていかされたことがある。

8 :∵б:2001/03/20(火) 19:53
って1のリンクそこか。

9 :空耳:2001/03/21(水) 00:43
「自然で、素直で、簡素で、丈夫で、健康で、 安全」
この言葉が良い。

ところで、何故美しく作ることを目的としていないのに、
結果的に美しいと感じるのかなあ。
ロココとかバロックの時代の人たちは、
民衆の簡素だけど、丁寧に天然の素材を用いてつくられたものに
対してどんなことを感じていたのかな。
粗末、と感じるのかな?

生活用品に関して、昔こんなことを考えたんだけど・・・
物の形は進化していくけど、
ある時点でその進化は止まってしまうよね。
物には初めからあるべき理想形というものが定められているから
ではないでしょうか?
例えば、はさみ、包丁、あとはパソコンとか。
その理想形を獲得するまでは、
ものは不思議と地味で、そして「素直」であることが多いですよね。
グレーとか、黒とか。形であるとか。
でも理想形を獲得してしまうと、
不思議と色とか、形が派手になりますよね?
それって今までは、機能によって市場競争することができたけど、
そういう内容で競争することができなくなってしまったから、
奇抜なデザインによって差別化を図る。
でもそれってすぐ飽きられてしまうから、
エンドレスな流行の泥試合が繰り広げられることになってしまう。
消費することの醜さが拭えなくなったのも
この頃のことからなのかなあ。
マックのスケルトンのパソコンの登場はとても衝撃的だったよね。
それってパソコンがあるべき二つの理想形を獲得するに
到ったからなのかなあ。
だからこれから奇抜なデザインのパソコンが
どんどん出てくるんでしょうね。

今世の中には醜いものが溢れているっていうの、
賛成しようかどうしようか迷うところだけど、
(昔もそうかもしれないし)
ちょっと考えさせられる。




10 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/21(水) 10:28
変に美術だとか言わない方がいいような。


11 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/21(水) 23:55
ものつくり大学

12 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/22(木) 12:38
職人の誇りにかけて、民芸を拒絶する。

柳宗悦が提唱した「用の美」の理念には心より賛同する。
「ものは本来、用いるためにあります。」
「用いるという視点で作られた 日常使うものにどのような形で美が宿るのか、」
という点にも、一々うなづける。

うなづけるんだけど、

なんでわざわざ歪んだ壷や皿を作るの?
なんでわざとらしく素朴を装うの?
それともわざとじゃなくて、ほんとに技術がないの?

本来、器の歪みは職人達の意図したところではなかった。
意図はしてないんだけれども技術がなかったから勝手に歪んじゃった。
歪んじゃったけど、使うのにはそれほど支障がないし、文句言う奴も
いないからまあいいや...。
っていうのが、正しい歪みの姿だった。

それを茶人達が「わび」だの「さび」だの「景色」だのを持ち出して、
それを良しとしたとたん、わざわざ歪んだ器を作るようになってしまった。

意図していない歪みに「わび」、「さび」、「景色」を見るのは
「見立て」であって、鑑賞者としてはそれでいいんだけど、
制作者である職人が意図的に歪みを作った場合、
私はそこに「虚飾」を見る。

これは柳宗悦の意図した所とはかけ離れてしまったのだけれども、結果として
作りの甘い、いわゆる「民芸調」のタレ流しを産んでしまった罪は、大きい。

技術者としての誇りを失った職人は、作業員にすぎない。

つうか、職人、しっかりしてくれよぅ。

13 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/22(木) 17:42
出川直樹って人が民芸論をかなり批判してたよね?
>>12
伊賀や織部の歪みは計算しつくされたものであり別に虚飾でもなんでもない。
素朴美なんて最初から狙ってないと思う。

14 :わたしはダリ?名無しさん?:2001/03/22(木) 18:56
石庭や浮世絵や書道をみてもわかるように、不均衡の美というのは
ある程度日本の伝統的な美学としてあるのかもね。

15 :いもせかん:2001/04/05(木) 20:58
ブルータスCASAが、こないだ民藝やってましたね。
柳宗理特集。私は狂喜しました。
ヨーロッパでも、民藝の機能美というか、無作為、無心の美というか
そんなのが見直されているのでしょうか?
なんか、バタフライチェアが人気だそうで...

無印良品のヒットなんかもそれに近いのかしら...
↑これはとても作為的だけど。(いやこれは愚問やね)

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